無限の可能性と無限の未来。

世界には様々なifを持ち、様々方向へと駒を進める。

並列に並んだ世界の中には無限ともいえる方向性があるのだ。



例えば、姫に付き従う騎士となる殺人貴

例えば、己の道を失い磨耗し絶望する正義の味方



そんな可能性の中、こんな世界も。



さあ、一つの物語の幕をここに開こう。




遠野家物語  〜殺人貴と正義の味方〜


序章 月夜の邂逅



side a murder



月明かりの夜の道を歩く。

今夜は晴天、雲一つなく月を覆い隠すものもない。

見上げてみれば、その月に欠けたる部分はなし。

――ああ  今夜も 月がキレイだ―――



「――遠野くん?」



不意に隣から声。

その声を聞いて、彼――遠野志貴は意識を現実世界へと戻したのだった。



「ごめん、先輩。少しボーっとしてた。」



こういうときは、すぐに謝るに限る……そう思って志貴はすぐに謝罪した。

その決断はおそらく正しい。



「はあ……まったく、しょうがないですね。少しは緊張感を持ってください。」



先輩であるシエルはそういって志貴に注意を促した。

その会話だけをとれば、夜の時間のデートとでもいうべきであろうか。

シエルの服装が教会の法衣という違和感もあるのだが、それも許容範囲である。

眼鏡をかけた少し線の細い男とシスターのデート、その響きだけならロマンティックかもしれない。



遠野志貴とシエルがただの人であればだが。



シエルは大学の3年生でありながら教会にも所属している。

だが、教会の中でも異端審議員である代行者の上に存在する埋葬機関の構成員。

要するに異端を滅ぼすための戦闘の専門家だ。

彼女が礼服を着ているということは異端を滅ぼすべくに夜を動いていると考えて相違はない。

加えて、彼女は現在、日本にいる代行者の責任者でもあるのだ。



一方で線の細い少年、遠野志貴。

彼の素性はただの大学2年生。

いや、日本有数の大企業である遠野グループ本家の長男である点ではただのとは言いがたい。

遠野グループの総帥は妹であるとはいえ、一般人というには語弊が生じるだろう。


しかし、彼はそういう意味ではない人とは違う特徴を持つ。

その眼鏡を外すとモノの死を見ることが出来るという。

かつて死を等しくあたえるバロールの魔眼にあやかり「直死の魔眼」と呼ばれる瞳。



――閑話休題



彼らがこうして夜に外へ出歩いている理由――それは例の如く異端の殲滅だった。

自分達の街―三咲町に吸血鬼が現れたという噂。

この街はかつてから吸血鬼に関する話題に事欠かない。

3年前や2年前にもその噂は現れ消えていった。

常人なら何処の町にでも起こり消える都市伝説と笑い飛ばすだろう。

だが、この街では本当に吸血鬼の仕業であったのが始末が悪い所であった。

そしてそれはここにいる遠野志貴が解決した。



しかし、吸血鬼が本当に現れた後、その浄化には数年の年月を要する。



ましてや吸血鬼の中でも死徒と呼ばれるモノの上位種死徒二十七祖が3体も現れたとなればその浄化には5年は要するといわれている。

そして、その予想に違わず吸血鬼は未だに存在し、それをシエルと志貴、さらにその他の人々が狩りとっているという状態なのだ。



さて、二人は様々な噂を照合した結果、まちにあるビルが怪しいと結論をだした。

バブルと呼ばれた時代に多く立てられそのまま打ち捨てられたビルのうちの一つ。

そのようなビルは時に格好の隠れ家となる。

そして、二人は散歩を終えそのビルの眼前に立ったのだった。



「準備はいいですか、遠野君?」



シエルは念を押すように聞く。

シエルとしてはあまり志貴を巻き込みたいとは思っていないためその口調は少し厳しくなる。

彼女自身あまりこちら側に志貴が来て欲しいとは思わないから。

だが、志貴はその人となりからそうなる事が不可能である事も理解している。

それが今夜のような夜のデートを生み出すのであるが。



「ああ、いつでもいいよ。先輩。」



相変わらず志貴は飄々とした雰囲気で応える。

そして、志貴は上着のポケットから柄を取り出した。

志貴と共にいくつもの戦いを乗り越えてきたナイフ「七つ夜」。

志貴はこれを右手の中に納める。

臨戦態勢は整ったといった所だろう。

二人は無言で頷きあう。

そしてビルの中へと入った。




ビルに入りそして彼らは立ち止まる。

なぜなら…ビルという閉鎖空間に入った瞬間に強烈な殺気を感じたからだ。

それはすでに戦場に相応しい雰囲気。

志貴はふと獲物が狩られる前のソレにそっくりだと思う。



一瞬、敵の死徒の殺気がこちらの向けられているのかと考えた。

だが、殺気はこちらに向けられているのではない。

とすれば、誰かが死徒に襲われているのだろうか。



「行きましょう!」



シエルも同じような事を考えていたのだろうか。

志貴に向かってそう叫び、走り出した。

当然、彼はそれを追いかける。



そして、二人が部屋に飛び込んだ時、全ては終わっていた。



襲われていたのは今回の殲滅対象の死徒。

その頭から一閃に両断されていた。



死徒の前には二人のペアがいる。

まるでコスプレのようなフルプレートの鎧を身にまとい、不可視の何かを持っているような右手を構えた金髪、碧眼の少女。

そして、その背後に立つ身長の高い、スーツに赤いYシャツ、赤毛の目つきの悪い男。



その二人がこちらに目を向けた。





side a righteousness





セイバーの一閃は確実に頭を切り裂いた。

それで、終わりだと思っていたのだが……そうはいかなかった。



誰かが飛び込んでくる気配。

それと同時に現れたのは二人の人物。

法衣を着た女性と眼鏡をかけたやや頼りなさげな少年だった。





三咲町――男が現在住む冬木市から二時間くらいの町。

この男がこの町にやってくる事になったのは職場の面接を受けるためだった。

男は日本に帰ってきてしばらくはのんびりする事にしていたのだが……そういうときに限って理想的な仕事が見つかるもの。

応募した後、返事が来て、昨日面接。そして即日合格。

仕事は明日の朝から入って欲しいと言われてホテルで一泊する事にした日であった。

ちなみに周囲からは大ブーイングだったが破格の給料を知ったとたん赤い悪魔が一閃。

それで万事オッケーだった。



しかし、男はそのホテルで噂――人を襲う吸血鬼の話を聞いたことが始まり。

当然、男はほっておけるわけはなかった。

彼は正義の味方を目指す衛宮士郎としてそれをほっておくことが出来なかったからだ。

彼はセイバーの助けを借りて吸血鬼を発見、殲滅した――というのがここまでの流れである。




さて、法衣の女性――シエルが士郎を冷静に見て、そして瞳を少し細くした。

そして――



「貴方達は何者ですか?」



そう、冷たい声で尋ねた。

それを受けてセイバーも目を細くする。

それを士郎は手で制す。



「……人に名前を尋ねるときは先に名乗るのが礼儀だろ?」



士郎自身もやや敵対心を含んだ声で答える。

お互いに牽制を込めた目線で見詰め合う。



「……失礼しました。私はシエル。聖堂協会の神父をさせていただいています。」



シエルは肝心な部分を隠したまま、答える。



「衛宮士郎。こっちはセイバーだ。それでそっちの少年は?」



士郎は志貴に目線を向ける。

その目線に志貴の瞳は厳しいものに変わる。



「私の連れの子です。名前まで言う必要がありますか?」



少し挑発を込めた言葉。

棘は相変わらず含まれたままである。



「ああ。代行者の連れなんて珍しいからな。」



その一言が決定的だった。シエルは法衣の中の黒鍵に手をかけた。

そして――



「代行者を知っているのなら、こちら側の人間ですね。なら話が早い。少しお話を伺いたいのでついて来てくれませんか?」



そこに穏便と言う文字はない。

だが、士郎は全く焦ることなくシエルの目を見つめる。



「断ったらどうするんだ?」



それは暗に断ると言う言葉。

それを聞いてシエルは黒鍵を抜いた。

右手に3本。



「力ずくでも!」



そう言いながらシエルは黒鍵を投げつけた。

完全な不意打ち……とはいかなかった。

士郎の前にいるセイバーが全てを叩き落したから。



「士郎、私が代行者の相手をします。貴方は後ろの少年を。」



セイバーは振り返ることなく士郎に告げる。

そしてそれに士郎は頷いた。



「気をつけて下さい。後ろの少年のかけている眼鏡は……。」

「わかってる。“魔眼殺し”……しかも高度なヤツだ。」



セイバーと士郎の仲間の一人ライダーも愛用している眼鏡。

それゆえ彼らがソレを見分けるのは容易かった。

その会話、時間にして20数秒。

その合間ですでにシエルは第2波の黒鍵を打ち出していた。


「では、行きます!」



そういうと、セイバーは飛び出した。

宝具はほとんど使えぬとはいえ、その剣技は卓越している。

黒鍵をいとも簡単に切り払い間合いを詰めに行った。



「……」



無言で士郎は志貴の方を向く。

少年はこちらを睨みつけてたまま右手の棒を振り下ろした。

棒からは刃――それは飛び出し式のナイフであったらしい。



「……」



それに呼応して彼は線を通す。

浮かび上がる撃鉄を起こしていく。



――――投影、再開……!(     トレース  オン  )



相手はナイフ……ならばこちらもそれで対抗する。

本当は気に食わない。

アイツの武器を使わないといけないのだから。

だが、そう言っている場合ではない。

そして、俺の両手に二振りの短刀、干将・莫耶を投影した。



「なっ……魔術師!?」



一瞬、あっけに取られた表情をする少年。

その反応から彼がこちらの世界にいながらも自分のようなタイプと戦った事がないことが察する事ができる。



「精密に言えば違う。俺は魔術使いだ。」



だが、少年はすぐに立ち直る。

お互いの間に間合いを計るような緊張感がはしった。

そして……同じ瞬間に地を蹴った。



先にしかけたのは志貴の方だった。



「はっ!!」



七つ夜を大きく振りあげる。

だが、それは士郎の干将が弾く所となる。



「甘い!!」



逆に今度は士郎が莫耶を横に薙ぐ。

それを志貴はしゃがんで交わす。



「でりゃ!!」



そして、志貴は足元を狙い七つ夜を薙ぐ。

その動きを見切ったかのように士郎はバックステップして、志貴の間合いから離脱した。

間合いが開きお互いがにらみ合う体勢へと戻った。

しばし流れる沈黙。

聞こえるのはセイバーとシエルが奏でる剣戟の音だった。



「全くどうかしているな……。こんなことになるなんて。」



先に口を開いたのは志貴だった。

何かに苛立つようなそんな口調。

そして、眼鏡に手をつけ、外した。



「つっ!!!!!」



その瞬間、士郎は感じてしまった。

それは本当に拙い何か。

いわゆる絶対の死の予感。

そう、久しぶりに味わう絶対的な殺気だった。



「……それがお前の切り札か。」



背中に流れ落ちる汗。

それを悟らせまいと士郎は呟く。



「……教えてやる。モノを殺すという事を。」



今度は士郎が先に飛び出す。

こちらから攻めねばならないと本能が伝える。

だから士郎は一気に切りかかったのだ。

そして、渾身の一撃を繰り出した干将。

だが志貴はの七つ夜と交差した瞬間にソレは真っ二つになった。



「!!!!」



大きな驚きを心に持ったものの士郎はかまわず莫耶を突き出そうとする。

だがソレも、真っ二つにされる。

こうして士郎の得物が消える。



「取った!!」



志貴はとどめといわんばかりに一撃を突き出そうとする。

が……それが出来ず七つ夜は弾かれた。



「!!!!」



今度は志貴が驚く番だった。

線を断ったはずの短刀が再び現れたのだから。

そしてさらに連撃を繰り出そうとする士郎。

今度は志貴がバク転をしつつ後ろへと下がる番だった。

士郎も追撃せず、再び間合いが開いた。

お互い再び敵対心の篭った目線を送りあう時が訪れる。

打ち合う音が再び響く。

隣のシエルとセイバーの戦いはセイバーが有利な状態で戦闘が続いているようだ。

二人の緊張が高まり三度二人が刃を合わせようとするときだった。



不意に人の気配が入る。

その瞬間、雰囲気が変わった。



「セイバー、離脱するぞ!!」



士郎が叫ぶ。

それと同時にシエルの黒鍵を弾き飛ばし、セイバーは間合いを一気に開けた。

そして、素早くビルの窓側へと向かう二人。



「なっ!!逃がしません!!」



シエルは急いで黒鍵を投げつける。

だが、それはやはりセイバーに弾き飛ばされた。

そして二人は窓ガラスを割って外へと飛び出していった。



「つっ!!」



志貴とシエルは素早く窓へと近づき外を覗く。

しかし二人の姿はすでに遠くへと消えていた。



そして静寂が訪れる。



「逃げられたね、先輩。」



志貴はポツリと呟いた。






side a murder






場所は移って月光下の帰り道。



「先輩、大丈夫だった?」



シエルに志貴が尋ねた。

切り傷こそないがシエルは大分押し込まれていたのは志貴にもうかがい知れた。



「……大丈夫です。それにしても完敗でした。」



シエルは悔しそうに呟く。

確かにシエルがここまで押し込まれたのをみたのは志貴としても久しぶりである。

あの金髪の少女――セイバーといっただろうか。

彼女はもしかすると我らの姫に匹敵する実力の持ち主かもしれない。



「まあ、先輩も本気じゃなかっただし。仕方ないよ。」



だが志貴は口ではそう言っていた。

流石に正直な事は言いづらかったようだ。



「ええ……次こそは。そういえば遠野くんも眼鏡を外すほど苦戦していたんですね。」



シエルはふと思い出したように告げる。

それを聞いて少し苦い顔をした。



「うん。魔術師…本人は魔術使いだっていってたけど。何もないところから次から次へとナイフを生み出していた。」



それを聞いてシエルの顔が険しくなった。

少し考え込む素振りを始める。

そして、志貴のほうを向くと



「遠野くん、そいつは何か媒介とするものを持っていましたか?」



そう、尋ねた。

尋ねられた志貴は詳しく姿を思い浮かべる。

そして――



「いや、何も持っていなかったよ。完全に手ぶらだった。」



それを聞いて少しシエルは考え、そしてため息をついた。



「あきれました。グラデーション・エアの使い手ですか。そんな人がいるんですね。」



その顔を少しポカンとした顔で見つめる志貴。

そう、志貴はこっちの世界の知識があまりない。

とくに魔術関係の知識は皆無に等しい。



「それってすごいの?」



そんな質問ぐらいしか出来なかった。

それを聞いてシエルはまた考え込む。

今度は志貴にどう説明しようといった感じである。

しかし、適当な説明が見つからなかったらしく。



「すごいといえばすごいんですけど、労力が大きくて無駄が多いです。」



そう答えた。

それを聞いて志貴は余計に頭が混乱しそうになる。

だから、



「ふ〜ん。」



そういって流す事に決めた。



「それにしても……普段なら止めるところなのに今日はどうしたのですか?」



シエルが思い出したように尋ねる。

普段ならあまり好戦的でない志貴がこれだけ、しかも衝動が現れたわけでもないのに初対面の人と戦うのだからシエルとしても珍しかったのだろう。

それを聞いて志貴はため息をついた。



「全くどうかしていたよ……。ただ――」






side a righteousness






「士郎、無事ですか?」



公園で一息ついていた士郎にセイバーが尋ねる。

いつも通りといえばいつも通りの会話であるが今回は幾分か真実味がある。



「ああ、幸い怪我はないよ。」



そう言いながら士郎は思い出すように考える。

さっきの戦闘における違和感を。



「なあ、セイバー。ちょっとお門違いかもしれないけど聞いてもいいか?」



士郎は思い出しながらという感じでセイバーに尋ねる。



「ええ、さっきの少年の魔眼ですね。」



流石にセイバーもその殺気に気がついていたようだ。

それに士郎は頷く。



「魔眼をだした瞬間に投影した干将・莫耶が完全に真っ二つされたんだ。」

「彼の持っていたナイフに仕掛けがあるのでは?」

「それはない。あれはただのナイフだった。」



セイバーの疑問を真っ向から否定する士郎。

彼の瞳はモノの構造を読み取ることには長けている。

その彼が言う事であるから間違いはない。

そう考えてセイバーは少し考え込む。



「なんだったんだろう。あんなに簡単に壊されるなんて。まるで干将・莫耶を簡単に殺すように――。」



士郎が何となくそう呟いた時だった。

セイバーの中に一つの神話を思いだす。

そう自分の登場するケルト神話。

その中に……



「まさか……“バロールの魔眼”?」



それを聞いて士郎の顔が強張った。



「あれか?だが……いや、そうでもないか。以前、ゼルレリッチの師父の所に遊びに来てたお姫様がそんな事を言ってたか。」



それを思い出して士郎はなんとなく納得した。



「それにしても、士郎。今日はどうしましたか?貴方がここまで好戦的なのは珍しい。まるでアー」

「ストップ。それ以上言わないでくれ、セイバー。それでなくても最近、アイツに似てきた事が気に食わないんだから。」



それを聞いて、セイバーは苦笑いをした。

そう、士郎は身長が伸びてきた所為かアーチャーに随分似てきた。

髪が白髪であるかないか、そして肌の色の違いを除けば殆ど同じである。

そのため、士郎は最近はスーツに赤いYシャツ、そして蝶ネクタイという執事スタイルに固執している。

間違っても赤い外套は着ようとはしないのだ。



「それで、どうしたのですか?」



このまま行けば士郎はアーチャーの悪口を並べて止まらなくなりそうなのでセイバーは話を元に戻した。



「ああ……俺って結構好き嫌いが激しいのかもしれないな。まあ――」










「「ただアイツが気に食わなかっただけなんだ」」






同じ時に殺人貴と正義の味方は同じ言葉を口にしていた。

そしてこの瞬間、二人はその相手と再び会う事になろうとは予想だにしていなかったのだ。


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