「ここが極東の国……日本か。」



ネギは飛行機から降り立つ。

幾分か感慨深げな表情を浮かべる。

その後ろにつき従うようにメイド服の少女が立っている。



「はい。しかしよろしいのですか。学園のほうまでお送りしますが……」

「かまわない。日本の生活にも慣れないといけないからな。」

「ですが……せめてお屋敷だけでも確保しておいた方が……」

「それも無用だ。向こうからこちらで用意すると連絡が来ている。第一、その程度でうろたえていてはスプリングフィールド家の次期当主は務まるまい。」

「……承知しました。ではご健闘をお祈りしております。」



メイド服の少女は深々と礼をした。

その様子から全て心得ているといった雰囲気である。



「姉さんの補佐…頼んだよ。」



そう一言だけ言ってネギは進みだした。この極東の地を。






(しかし……日本とは本当に人が多い。まったく…師匠たちの言うとおりだな。)


ネギは満員電車の中で改めて実感した。

とは言え今までウェールズからほとんど出ない上、4歳からは自分の屋敷か魔術学校かそれとも……か。

彼が過ごした環境が特殊なのかもしれない。


(女性ばかりか……)


別にそのような環境には慣れている。

そして、その女性達は明らかにこちらに注目しているのも分かった。



(風貌か……。)


ネギは右目の部分を白い包帯を巻いている。それは物心ついた頃からずっとであった。

当然、その様な風貌が子供の世界でどのような扱いを受けるかは想像に難くない。





一方、周辺の少女達もネギに声をかけるか迷っていた。

そもそもここから先は麻帆良学園の中等部と高等部のみ。

そこに何故少年が向かうのか?

だが、少女達は話しかけることが出来なかった。

彼の端正な風貌。この年齢にしてはありえないほど大人びた雰囲気。少し小さめの眼鏡。そして右目の包帯。

それらが生み出すオーラの前に彼女達は圧倒されていたのだ。

普段ならにぎやかな車内がこの日はひそひそ話以上に話が盛り上がる事はなかったのだ。


“次は――麻帆良学園中央駅――”


そして電車は目的の駅にたどり着いた。




魔術師は子供先生!?



1時間目 子供先生の就任






遅刻まで10分という状況。どんな高校でも修羅場な時間。

特にこの麻帆良学園では遅刻に対する罰則が厳しいためギリギリな時間の今では生徒達が疾走する姿がお目にかかれる。

その中にネギがいた



「これが日本の学校……か。」



何となく見回してみる。

平和な場所だと実感し、そして自分には酷く不釣合いな場所に感じた。

だが、これも試練なのかもしれない。

その時ふと、時計に目がいく。

待ち合わせの時間まであと少し。

初日から遅れるのは印象が良くないと判断する。




「……走るか。」



そう呟くとネギは大きく深呼吸をした。

直後に一言二言呟く。

そして……とても10歳とは思えない速度で走り始めた。








一方こちらでもドドドというような効果音で疾走している、少女が一人いた。

オレンジの髪をツインテールにした彼女は、必死の形相をしながら叫ぶ。



「やばい!やばい――!今日は早く出なきゃならなかったのにっ!!」



その速度はかなりのものである。

彼女の隣にいる黒い髪の少女はローラーブレードで追いかけているくらいだから。



「でもさ、学園長の孫娘のアンタが何で新任教師のお迎えまでやんなきゃなんないの!?」

「スマン、スマン。」



とぼけたように少女は笑う。

見るものを癒すような笑顔である。

その後占いがどうだとか、好きな先生がどうだとかいう会話。

それはどこの中学生もおこなうような一般的な会話。

鈴のついた髪留めでツインテールにした少女と黒い髪の笑顔の少女のいつもの登校の風景である。

麻帆良学園2−A出席番号8番神楽坂明日菜と出席番号13番の近衛木乃香の二人は今日も元気だった。







そして偶然か必然か、彼女が走っている横を一人の少年が、横を駆け抜けようとしていた。

普通の女子生徒なら反応できない速度。

だが、それをアスナは見逃さない。

次の瞬間、彼女は思わずそれに反応して、少年の背負っていた鞄をつかもうと手を伸ばした。

元々彼女が非凡な運動能力と動体視力を持っていることは有名であったためそれは簡単に達成できるものであっただろう。

しかし、気がつくと彼女は腕をつかまれていた。



「!!」



思わぬ行動。しかも少年の力は結構強い。

それと共にアスナに寒気が走ったのだ。

何か悪いことをした、そう感じたのだ。

だが、おそらく自分に非はない。

アスナは心の中でそう言い聞かせて言葉を発した。

発したのだが……



「こら少年。こっから先は中等部……。」



次の瞬間、アスナは言葉を失った。

そこにいた少年の雰囲気に呑まれたのだ。

それが右目に包帯をしている少年――ネギであった。

まず、外国人であること。

だが、麻帆良学園には留学生が多いのでそれも

右目の包帯の異様さ、そして彼の左目はただ空虚。

その瞳は怒りでもなく、得意げでもなかったのだ。

ネギは静かにつかんでいた腕を離す。

そして丁重に礼をすると冷静に言葉を発した。



「失礼。少しこの先に用事がありまして…。」



そう答える。

丁寧な口調ではある。しかしどこか棘を含んだ言い方だった。

その言い方にアスナはカチンときた。



「アンタみたいなガキが中等部にしかも女子校エリアに何の用よ!?」



少し剣幕を強めて問う。

尋ねると言うより尋問といった感じである。

だが、10歳ほどの少年に対するにはあまりに強圧的な態度だった。

アスナから険悪な雰囲気が流れ始める。



「まあまあ、相手は子供やろー。それに初等部の子とちがうん?」



雰囲気を察したのか、このかがやんわり諌める。

彼女としては無用な争いは避けたいのであろう。



「それにこんなかーいー子、虐めたらあかんで。」

「わたしはね!!ガキが大ッッキライなのよ!!」



だが、アスナはそう言い放つ。

彼女に怒りのオーラを収める気はないようだ。

一方のネギは別に気にした風でもなかった。

無表情に彼女を見つめる。

それがさらに彼女の怒りに火を注ぐ。



「ここは麻帆良学園でも一番の奥のエリア!!それにあんたみたいな、ガキが入っていいところじゃないの!!」



目の前にヨーロッパ風の建物、そこに駆け込んでいくのは女性しかいない。



「ア……アスナ、言いすぎやて……。」



流石のこのかも焦り始める。

しかし、アスナ自身はこのかの忠告もどこ吹く風でネギを睨みつけていた。

それでもネギは無表情だった。そしてポツリと一言告げた。



「……それで?」



そう言って見下した目線を送る。

普通の一言ではあったが、それが強烈なインパクトを残した。

一瞬、言葉を失う二人。



「行かせてもらいます。さっきも言いましたが、用事、あるんで。」



無表情にそう告げると横を通り過ぎようとする。

目を怒らせながら、硬く拳を握る。

だが、それでもネギは興味を示さない。



「はい、そこまで。」



二人の間に間に一人の人物が入った。

両者とも動きが止まる。



「久しぶりだね、ネギくん。」



そう言って振り返ったのは眼鏡をかけたナイスミドルだった。

アスナにとっては憧れの人、ネギにとっては敬意を払うべき人である。



「エ……?」

「アスナくんもこのかくんもおはよう。」

「高畑先生!!おはようございますっ!!!」

「あ、おはようございまーす。」



全く対照的な挨拶をするアスナとこのか。

目の前に先生がいるのなら挨拶をするのは当然の事である。

だが、二人は次の瞬間驚く。

いきなり目の前の少年…ネギが拱手をして礼をしたから。



「お久しぶりです……師匠。」

「え?」



アスナは、またまた言葉を失う。

先ほどの無作法な子どもが礼儀正しく礼をしたこと。

さらに自分の憧れる高畑先生の知り合いであったことなど。

いわゆる予想外の出来事のためであった。

かろうじて、口を開く。



「もしかして……知り合い?」



自分が原因といっていい、けんか腰な態度の数々。

それらが走馬灯のように駆け巡り、アスナは思わず凍る。



「あ、もう同僚だから礼をとらなくていいよ。それよりいい所でしょう?“ネギ先生”」

「はい。師匠…いえ、高畑先生が言ってた通りです。」



そこで……状況に置いていかれていたこのかが、思わぬ言葉に反応した。



「え……せ、先生?」



彼女特有の独特のイントネーションで、お伺いを立てる。

それに対して、ネギは咳払いをして



「この度、この学園で英語の教師になったネギ=スプリングフィールドです。よろしくお願いします。」



そう言って華麗という言葉が似合うような自然な礼をとった。



「あと彼は、今日からキミ達――A組の担任になるそうだ。」



付け足すようにさらっと爆弾発言をする高畑。

そして爆弾は確実に炸裂した。



「ええっーーー!!」



学園中にアスナの大声が響いたのだから。

幸いにしてすでに周りに生徒がいなかっただけでも幸いであっただろう。



「そ、そんなぁ。アタシ、こんな子イヤです。さっきだって失礼なコトバを私に……」



少し涙目になりながら必死に高畑に訴えるアスナ。

本当に必死な形相。



「別に、失礼な事を言った記憶はないんですが……。」



ネギはあくまでも冷静に告げる。

だが、それも子どもがとるには生意気な態度ではある。



「なんですってぇ!!大体あたしはガキが嫌いなのよ!!アンタみたいに、失礼でチビでマメでミジンコで――」



怒り狂ったアスナ。そのままネギを掴もうとする。

しかしそれを流石に拙いと考えたのか……



「まあまあ、二人とも落ち着いてな。それにネギくんやったかな。おじいちゃんのとこに案内せなあかんし、いったん止めにしよな。」



このかが仲裁に入る。

それを聞いてアスナは思いとどまる。

それに真横に高畑がいることもあるのだろう。少し赤くなりながら落ち着く。

一方のネギも、そういわれて引き下がる事にする。

こうして落ち着いたのを見計らって



「さて、学園長の所に行こうか。」



高畑が提案したのだった。











「一体、どーゆーことなんですか!?」

「まあまあ、アスナちゃんや。」



ダン、と詰め寄るアスナ。

彼女たちの前には好々爺といった感じの老人が佇んでいる。

この人物がこのかの祖父にしてこの学園の学園長である。





「しかし、あの名高いスプリングフィールドが日本で教師を……。そりゃ、大変な課題をもらったもんじゃな。」



一瞬、横にいたアスナとこのかの頭にクエスチョンマークが浮かんだ。

だが、その疑問を解決する暇もなく。



「はい、精一杯努力はさせていただきます。」



学園長に対して、ネギは丁寧に答えた。

先ほどと同じく礼儀正しい姿である。

うっすらと笑顔を浮かべて学園長を見る。

最も心の中では向こうの校長から話を聞いているだろうがと呟いていたが。



「ま、とりあえずは教育実習という形をとるとしよう。大変じゃと思うが努力するがよい。」

「でも、なんでうちのクラスなんですか!?」



納得のいかないアスナは、そう言って食って掛かる。

他のクラスでもという意見があるのだろう。



「ホッホッホッ……それはこちらの事情ってやつじゃよ。さて、少し教員同士の打ち合わせをしたいので二人は退出してもらえるかの?」



そう言われてしまっては、学園長に恩のあるアスナとしては引き下がるしかなかった。



「……わかりました。」

「わかったー。じゃ、ネギくんあとでなー。」



アスナは不承不承、このかは友好的に。

二人はそう言い残して退出する。



「さて……さっそくじゃが…」



二人が出て行くのを見送ると、学園長はおもむろに切り出した。



「ネギくんの担当してもらうクラスじゃが…すこし難癖があるクラスなんじゃ。…しずなくん。」

「失礼します。」



二人が退出した扉とはまた別の扉から一人の女性が入ってくる。

どこか母性的な雰囲気の持つ彼女は、ネギを視界に入れると暖かく微笑んだ。



「キミの指導教諭の源しずなくんじゃ。困ったことがあったら聞くとよいじゃろう。」

「よろしくね。」

「よろしくお願いします。」



二人は握手を交わす。

これもまた友好的な雰囲気である。



「で…しずなくん。名簿をネギくんに渡してもらえるか?」

「わかりました。どうぞ、ネギ先生。」



しずなは左の手に持つ名簿をネギに向けて差し出す。

礼を言い、名簿を受け取るネギ。そしてそれにサッと目を通す。



「……なるほど。一癖も二癖もある人々ばかりですね。」

「じゃろ。それで、ダメなら帰ってもらうことになるんじゃが。」

「わかってます。ご期待に応えられるよう努力します。勿論、裏のほうの件でも。」



それを聞いて、学園長は満足そうに肯く。

年不相応ではあるものの落ち着いた物腰は教師としてはまず合格点と判定したのだろう。



「おおっ!それから寝床じゃが……とりあえず寮に止まってもらおう。彼女達のな。」

「分かりました。以上ですか?」



その言葉にもネギは対して反応しなかった。

それにむしろ学園長の方が驚く。



「う、うむ。では、早速今日から行ってもらおう。頑張ってくれたまえ。」

「では教室に案内します。」



しずなの誘導に従いネギが部屋から出て行った。

それと同時に高畑が入ってくる。



「どうじゃった、高畑くん。可愛い弟子の様子は?」

「変わってませんでしたよ、悪い意味でも。」

「ふむ……やはりか。あそこまで作られた笑顔を向けられてはのお。」



そう言いながら学園長は送られてきた資料を手に取る。



「ネギ=スプリングフィード。スプリングフィールド家の分家出身にしてあのサウザンドマスターの息子で次期当主。メディナ魔術学校を主席で卒業。魔術師としては非の打ち所のない経歴じゃの。とてもこの極東の島国に来るような少年ではないのー。」

「はい。魔術を除けば戦闘や研究の素質も十分です。」

「封印指定の執行者の一族の申し子か…。」

「事実、6歳から2年、幾多の戦闘を経験しているはずです。」

「君が彼に魔術を教えたのは3歳の時と5歳の時じゃったかな。」

「ええ。3歳の時は弱虫のイジメラレっ子でしたが、もっと感情豊かな子供でした。ですが……。」

「5歳の時、スプリングフィールド家に呼ばれた時は現在のような子供になっていたと。」

「はい、昔はタカミチと呼んでくれたんですがね。」



失礼しますといいつつ高畑はタバコに火をつけた。

そして煙を吐き出しながら上を見上げた。

少し思い出に浸っているようでもあった。



「まあ、こちらで何か見つかればいいんじゃがの。すまんが君も見てやってくれ。」

「はい。しかし、いいんですか?お嬢さんと仮契約の可能性も……。」

「かまわんよ。それもきっかけじゃろうて。ま、そうなった場合逃がさんがの…。」



そう言ってほっほっほっと笑う学園長。

それを見て高畑は狸ジジイと思ったそうな。



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あとがき


という訳で、“子供先生”の改訂版でございます。

前回の設定からネギをさらにクールというか無感情にしてみました的なストーリー。

コメディー要素もかなりなくなりましてという感じです。

第1話は大まかなネギの動きを変更した以外は特に変わりません。

むしろプロローグの方が変更は多いかなと。

今後も大まかなプロットに変更はありませんが、キャラの動きと関係が少し変更されます。

まあ、元々好き勝手している二次小説ですが、変わらず見ていただけると幸いです。

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