さて、話は少し巻き戻る。








「凛、裏口の墓場から脱出しろ。」

「はぁ!? …どういう風の吹き回し?」

「ふむ、たまには兄弟子らしい事でもしてみようと思ってな。」

「……どうだか。まあ、アンタの事だからただでは死なないと思うし、任せるわ。」



私の目の前に佇むのは、間桐の爺。

執念だけで生き延びてきた、ある意味尊敬に値する存在でもある。

この会話を聞いても、動じる事のないこの爺の事だ。

彼らに追手を差し向ける手はずは整っているのだろう。

だが、それは私の関知すべき所ではない。



それよりも私にとって気になる事がある。



「衛宮士郎。」



私は、あの男の忘れ形見に問いかける。

衛宮切嗣。かの男の遺志を継いだ少年。



「なんだ、言峰。」

「貴様のいう正義は見つかったか?」



…さて、彼はどんな答えを用意しているのだろうか?



「……。」



だが、答えはなかった。

少しの失望を感じるが、まだ迷いを持っているということなのか。



「まあ、いい。その答え、次に会った時に聞かせてもらおう。」



あえて私は、ここで無理強いはしない。

次の機会もあるのだろう。

この因縁を、持つもの同士なら。

無言で衛宮士郎は離脱し、この場に3人…人間2人とサーヴァント1体が残った。



「さて、待たせたな、ご老体。」



私は黒鍵を取り出す。

神への愛を誓った私の、唯一の武器。




「何、構わんよ…どの道おぬしも、わしらの前では邪魔な存在だったんだからのう。」



その言葉と同時に真アサシンがナイフを構える。

そして我々の戦が始まった。




戦の内容は私の一方的な苦戦だ。

黒鍵はナイフで全てはじかれる。体術などは以ての外。

雨のように降ってくるナイフを避ける術は、ない。



臓硯には、私が刈られる獲物に見えただろう。

彼の思惑通りに、私は踊らされる。



だが、偽りの心臓を貫かれた瞬間から、私は姿を変えた。

狩られる獲物から一転して、獲物を狙う狩人へ。



貫かれた腕を抜く事もせず、逆に私はそれを掴む。



そして、歌った。



「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」



「…っ!! 一体何をするつもりじゃ……!?」



「打ち砕かれよ。
 敗れた者、老いた者を私が招く。 私に委ね、私に学び、私に従え。
 休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」




驚きおののく間桐の爺とそのサーヴァント。



「装うなかれ。
 許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」




目の前のサーヴァントは己の腕を引き抜こうともがいている。



「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。
 永遠の命は、死の中でこそ与えられる。
 ――――許しはここに。受肉した私が誓う」




だが、それも無駄な事。



           キ リ エ ・ エ レ イ ソ ン
「――――“この魂に憐れみを”」




その光は轟音と共に起こった。



そして私は生き延びよう。

最後幕を、見届けるために。



赤き弓の戦


第17話 終焉




目の前に立つは、あの神父。

最後は「やはり」と言うべきか、目の前に立ちふさがってきた。



「全く…、相変わらず不景気な面をしているな、似非神父。」



周りは俺と神父だけ。もはや衛宮士郎らしくなどとは言わない。

旧来の俺、すなわちアーチャーだった頃の俺の感覚に戻していく。



「ふむ、褒め言葉と受け取ろう。」

「ちなみに聞いておくが、こいつを解放するとどうなるか知っているのか?」

「さて、知らないな。だが、逆に問おう。これが生まれるとどうなるのだ?」

「な…に…?」



その言葉に俺は詰まる。



「誰が、コレが生まれると大惨事が起こると決めたのだ?」

「ふむ、屁理屈ではないのか?」

「そうでもあるまい。誰でも等しく生まれ出る権利がある。そして私はその助産婦の役割をしているに過ぎない。」

「…なるほどな。理解した。結局俺たちは相容れないと言う事が。」



そう言うと俺は愛用の二振りの短刀、干将・莫耶を投影する。



「それはお互い様ということだ。…判りきった事だったがな。」



神父が両の手に持つは黒鍵。



「私が倒れればお前の勝ち、聖杯が発動すれば私の勝ちだ。」

「ふむ、ずいぶん謙虚だな。俺が倒れてもお前の勝ちだろうが。」

「それは叶うまい。すでに私は偽りの心臓をなくしている。私の生は思いのほか時間は無い。」



よく見ると、彼の胸には大きな穴があいていた。どういう構造になっているのかは分からない。だが、彼の残りの生の短さは悟る事ができる。

それでも彼は俺の目の前に立つ。

その意思の強さには敬服を禁じえない。



「さて……殺しあおうか。」



同時に俺たちは、地を蹴った。









先制は神父だった。

左の手に持つ黒鍵を投げつけてくる。

それを干将で切り払うと同時に、俺は一気に距離を詰めて莫耶で斬りつける。

易々と右手の黒鍵で莫耶を受け止める神父。

それを見越していた俺は、即座に干将を前に突き出す。

しかし、サイドステップでかわした神父は、逆に隙を狙ったかのように黒鍵を上から振り下ろした。

その動きはとても死にかけの人物の動きとは思えない。



「ちっ!」



俺は舌打ちをしながら後ろに飛びずさる。

その瞬間だった。



「ぐぅっ!」



左肩に熱い鉄を押し付けられたような痛み。

ちらっと見ると左肩に深々と突き刺さる黒鍵があった。

右の手の黒鍵の投擲。それが命中したようだ。

相変わらず侮れない男である。

そう思いながら俺は無言で肩の黒鍵を抜いた。

痛みが左肩から左腕に全体に広がる。

だが……



今が好機!!



今の言峰に武器はない。 そう考えた俺は一気に距離をつめる。



その時だった。

神父が悠然とした姿勢から腰を落とした姿勢へと変わる。

そして、ふと気がつく。

先ほどの体裁き、そして眼前の神父の構え。

次の瞬間だった。

神父が一気に前に出る。

当然、俺は反応して莫耶を前に出そうとした。

だが、神父は莫耶を持っていた手を裁く。

それは瞬間の隙だった。

手を弾かれてから逆の手に持つ干将を振り下ろすまでの一瞬の隙。

だが、その間に神父は右の手で二撃。

胸部と腹部に強烈な正拳を食らわせてきたのだ。



「がはっ!!」



思わず前にかがんだ瞬間、顎に上げ蹴りが炸裂する。

その一撃は、確実に俺の意識を一瞬刈り取った。

神父はその隙をついて顔面に強烈な正拳を食らわす。

たまらず俺は吹き飛ばされ、壁に激突した。

その衝撃で意識を取り戻したのだから世話はない。



「この程度か?衛宮士郎。」



感情を一切感じない無機質な声。

だが、その声はまるで俺を挑発しているようだ。

まだ眼前はボーっとしている。

口の中に広がる鉄の味。

相変わらず左肩の痛みは退かない。



「ふむ…。そういえば前の問いの答えを聞いていなかったな。」



神父はそういってニヤリと笑う。

どうやら今の俺に追撃をする気は無いようだ。



「衛宮士郎、貴様の言う正義は見つかったか?」



そういってまるで人を嘲笑するような目線を向ける神父。


 ――正義

結局そんなものは虚構なのか、欺瞞なのか?

それは分かっている。

目指して失望して朽ち果てたのが自分だから。



「確かに…貴様の言うとおりかもしれない。」



歯を食いしばり力を振り絞る。

言う事を聞かない足に立ち上がるように命令する。



「だが、俺は探してみせる…、凛と一緒に。」



力はいまだに満足に入らない。

それでも立つ。

そして前を向くんだ。

諦めてはいけない。前を向くんだ。アーチャー…いやトオサカリンの様に。

そう、俺はもう諦めないんだ。



「…どれだけ時間がかかろうともっ!」



大地を踏みしめて、干将・莫耶を構えよう。

還るために。

生き残るために。



「ふむ……。まだまだ青いな。では私を倒してそれを証明して見せてはどうかな?」

「ああ、言われなくてもそうさせてもらおう。凛や姉さん、桜の下に帰ると約束したんでな。」



俺は力を込める。

すでに度重なる投影で魔力もつきかけている。

だが、それでも俺はヤツを倒す。

両手に再度干将・莫耶を投影する。



「さあ、決着をつけようか、言峰綺礼」






どちらが合図したわけでもなく俺たちは同時に飛び出した。

お互い距離をつめないと戦えないためだろう。

そして俺は、莫耶を投げた。

不意打ちともいえる攻撃だったが言峰はあっさりとかわす。

そして続いてくる連撃。



           しんぎ  むけつにしてばんじゃ
―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ



右の拳が顔面に命中。

視界を歪められる。



          ちから     やまをぬき
「―――心技、泰山ニ至リ」



左の蹴りが右のわき腹に炸裂。

鈍い音、肋骨が何本かもっていかれる。




           つるぎ    みずをわかつ  
「―――心技 黄河ヲ渡ル」



左の裏拳が頭を揺らす。

その衝撃で、意識が飛ばされそうになる。


        せいめい  りきゅうにとどき
「―――唯名 別天ニ納メ。



それでも俺は残った干将を言峰に向けて突き出す。

負けられないという意思のみで。

そして――それを受け止めたのが彼の運の尽き


      われら  ともにてんをいだかず
「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ……!




言峰の背中に最初に投げた莫耶が突き刺さったのは、それと同時だった。



「くっ……!」



一瞬たたらを踏む言峰。 それが、最大のチャンス…!

そして俺は同時に残った干将を胸に突き刺した。



「があっ!!」



引き合う干将と、莫耶。

心臓の大穴の隣に、剣が埋まっていく。

その上、さらに渾身の蹴りを放つ。

流石の言峰もボロ人形のように弾き飛ばされていった。



「はあ…はあ…はあ…。」



だが、同時に俺は膝をついた。

俺自身、アレだけ連撃をくらったのだ。

体が金属や剣でもない限りダメージの蓄積は大きい。

相変わらず血の味がする口内。

左肩から感覚がどんどん失われていく。

どうかもう立ち上がってくるな。

そう祈らずにはいられないほど、自分の体は言う事を聞いてくれない。



だが……



眼前で、人の気配。

俺は何とか前を向く。

そこには言峰綺礼が立っていた。



「くぅ……。」



立たなければ…自分に言い聞かせ立とうとする。



「ふむ……残念、誠に残念だが。時間切れだ。」

「……。」

「衛宮士郎……貴様の勝ちだ。」



眼前の神父はつまらなさそうにそれだけを告げる。それと同時だった。

彼の肉体が崩れ落ちたのは。

彼の表情は悔しさも嬉しさもなくただ無表情だった。






よろめきながらも立ち上がる。

眼前から濃密な魔力が流れ出してきている。

そしてぽっかりと空いた穴。

…それは、『私』が体験する3度目の光景。

この聖杯から流れ出した不幸が、この衛宮士郎を作り出した。

そして何の因果かこれを俺が壊す。

俺のような子どもを出さないためにも。

…俺は正義の味方なんだから。



魔力は殆ど空っぽ。

だけど、まだやれる。

目を閉じて精神を集中する。


撃鉄を起こす。



        トレース  オン
「――――投影、再開……!



もう一度だけ、起動させなければならない。


              この体は剣で出来ている
「――――I am the bone of my sword.



約束を果たすためして生きて帰るために


                  血潮は鉄で              心は硝子
 「―――Steel is my body , and  fire is my blood



目の前の災厄の元を破壊するために


                    幾度の戦場を越えてなお 不敗
 「―――I have created over athousand blades .

              
   ただ一度の敗走もなく
             Unaware of loss.

               
ただの一度も理解はされない
             Nor aware of gain



そして、選ぼう。

かつての最愛の人の、誇り高き剣を。


         
その男は一人剣の丘で勝利に酔う
 「―――With stood pain to create weapons. waiting for one's arrival




救えなかった少女を刺した後に、使う事が出来なくなった剣を。

使う事を、無意識に拒否していたものを。


                 故にその生涯に意味はなく
 「――I have no regrets. This is the only path



守護者としての自分を取り戻してでも。

もう一度、英霊に並ぶ力を



      
       その体はきっと無限の剣で出来ていた
 「―――My whole life was “unlimited blade works”



目を見開くと同時に広がるは剣の荒野。

その中で俺が求める剣は唯一つ。

誇り高き剣を探し出し抜き取る。

そして剣を両の手で握る。



―――だが



酷使した魔力の所為か

痛めつけられた体の所為か

その剣を持つ力が奪われていく。



序々に失われる左手の感覚。

痛みを訴える胸

かすむ視界。



あと少し、ほんの少しの力が足りない。



ダメなのか…諦めという言葉がよぎるその時だった。






「全くしょうがないマスターね。」





凛とした声。

同時に両手に手が添えられる感覚。

驚き、後ろを振り返りそうになった。



だが、振り返らなくてもわかる。

そこには、長い黒い髪に赤い服。そしてマントを纏った姿が。

切れ目の瞳に勝気な微笑を浮かべた女性が――




「……アーチャー?」

「全くやっぱり出鱈目な男だわ。あのチェインズサーベルを超える剣を一日で作って、英雄王と似非神父を倒した上でさらに投影なんて。」



そう言って、少し呆れた顔つきをしているも、雰囲気で悟る事ができる。



「折角、私がクラス能力をいかして、直前に華麗にこの聖杯を撃破するつもりだったのに。…計算が狂いっぱなしだわ。」



だが、その声は心なしか嬉しそうだった。



「全くそんな事を考えていたとはな。君も趣味が悪いな、アーチャー。」

「趣味が悪いのはお互い様でしょ、アーチャー。」



そういって二人は微笑みあう。

その時、己の危機を感じ取ったのか、覚醒を終えようとしているのか、聖杯が活発に触手を伸ばそうとし始めた。



「さて、そろそろこいつをやるぞ――トオサカリン。」

「ええ、ヘマするんじゃないわよ――エミヤシロウ。」



お互いを呼び合う。

それが俺たちの信頼の証。

お互いの魔力を込め始める。

目の前の災厄を取り除くために。



誇り高き剣は光を放ち始める。

そう。この剣が輝きを放ち、この一撃が相手に炸裂する限り、俺たちは負けるわけがないのだ。



そして俺たちは――



               エ ク ス カ リ バ ー 
「「“約束された勝利の剣!!”」」





必殺の一撃を呪い穢れてしまった聖杯に放ったのだった。


あとがき



という訳で17話、最終決戦をお送りしました。


とりあえず、次回がエピローグです。

次もお付き合いいただけるとありがたい次第です。

色々とありますが、とりあえず次も誠意頑張りますのでヨロシクオネガイシマス。




次へ

戻る

inserted by FC2 system