私はなんなんだろうか?

間桐の道具なのか?

いや、そんな疑問すら浮かばなかった。

ただ間桐桜という器だけがあるだけだった。



何もかも灰色の生活だった。



夜は蟲の穴倉で眠り

昼は陰鬱な気持ちで学園に向う。

ただただ、それを繰り返す単調な日々。




でも、それが変わったのはあの日だった。



兄からあの人――先輩を紹介された日。




私は、どんどん先輩に惹かれていった。

優しい、カッコいい、人には惹かれる理由は沢山あるだろう。

でも、私の場合は、そんな単純な理由じゃなかった。

ある日突然、気づいたのだ。

先輩が自分と同じ、からっぽの存在である事に。



私は、何が先輩をそうさせたのかに興味を抱いた。







私が学園に入学してしばらくして、兄とのいざこざで先輩は弓道部をやめた。

私が先輩の家に通いだしたのは、それからのこと。

先輩が魔術を使えることにも、気づいたのはその時だった。



でもそれは、私自身にとっては関係のない事だ。



そう、ただ私の好きな人が魔術師だった、ただのそれだけだったのだ。

…聖杯戦争が始まるまでは。



戦争が始まり、突然先輩の家に現れた女性、衛宮由美子。

彼女がサーヴァントである事は、一目で分かった。

そして、その女性が憎むべき女の未来の姿である事も。




そのとき、何かが一つ砕けた。




それでもまだ、私は正常を保っていられた。

先輩の笑顔があれば、それだけで。



だけど――




その日の昼休みのあの光景――



先輩と…姉さんが一緒にいた時に、全てが崩れた。




私のもしかしたらあったかもしれない、可能性の具現。

その人は先輩さえも奪っていく。

そして私には、何も残らない……。



「聖杯で、あの男を自分のものにしてしまえ。」



胸の奥から語りかけられる言葉。

その言葉は私を虜にする。

気づきたくなかった疎ましかった自分の影が、好ましいものに思えた瞬間だった。




狂うのは思ったより簡単だった。

その日、先輩に敗れて無様に逃げ帰ってきた兄を一撃で殺した。

頭がざっくりと割れて、赤いものが噴出す。

それはそれは楽しい光景だった。

血潮を浴び続けながら、私は人知れず笑い続けたものだ。



いよいよ、聖杯を手に入れる事ができる今、私は長年の復讐を遂げる。

流れるように腕を持ち上げ、胸に寄生していた忌まわしき蟲を抉り取る。

それはおぞましく醜い亡霊である爺の本体。

潰した時の音はそれはそれは清清しい音だった。



そして――私の待ち望んでいた女が来る。

彼女はどんな声で鳴いてくれるのだろう。






ああ、笑いが止まらない……











赤き弓の戦

第15話 姉妹






士郎と別れて、私は先を急いだ。

だんだん、魔力が濃くなるのを肌に感じながら。

彼女の前に立つために。 暴走を、止めるために。

どれくらい走ったか、私は遂に大きな空洞にたどり着く。

そして、少し高台となった所…祭壇とでも言っていい場所の上に、彼女は立っていた。



彼女はグッと何かを握りつぶす。

胸から流れ出る血に気にもせずに。

だが胸から流れ出た血は見る見るうちに流れ出すのをやめ、胸の傷はふさがる。

もはや尋常ではない魔力による自然回復力。

思わず身震いしそうになる。



そして、彼女はこちらを向いた。

私が立っている事に気がついたのだろう。

ニヤリというゾッとするような笑みの後、彼女は告げた。



「ようこそ、遠坂先輩……いえ、姉さん。」




思わず飲まれそうになる笑顔。

だが、ここで勢いに負けるわけにはいかないのだ。



「ええ、来てあげたわよ、桜。残念ながら衛宮君と一緒じゃないけど。」



そういって桜を睨む。

だが、桜は意にも介さない様子で



「ええ、とても残念です。」



そういってクスクスと笑った。

何かを企んでいるような感じで。

そして、その空ろな目は私をしっかりとみつめた。

浮かべられる妖艶な笑み。

やはり、狂気としかいえない表情。

そして、彼女は本当に嬉しそうに



「姉さんと姉さんの殺し合いを見れないんですから。」



とんでもない事を言った。

一瞬、耳を疑う。

だが――



「まさか、あんた!!」

「ええ、そうです。正式には今の姉さんと未来の姉さんですけど。」



その言葉と同時に、黒い影から一人の存在が現れる。

やや黒ずんだものの、容易に判別できる赤い服にコート。

そして、長い黒い髪に切れ目の瞳。

その表情こそ何も読み取れない無表情であったが、紛れもなくその女は彼女。



「アーチャー……。」



そう、アーチャーだった。

衛宮士郎のサーヴァントであり…未来の私。

その彼女が、私の前に立ちはだかる。



「さあ、アーチャー。あの女を倒しなさい。」



桜の命令にアーチャーは無言であの軍刀を右の手に握った。

おそらく彼女にすでに桜の傀儡。

手加減なんて期待できない。

無意識に、喉がゴクリと鳴る。

でも、後には退けないのだ。



「全く……こうなるかも、って思ってたけど…最悪の予想、ここに極めり、ね。」



そう言いながら、私も腰に手をかける。

ふと、よぎったのは出発する前の士郎との会話だった。



















「切り札?」

「ええ、セイバーやアサシン。そして投影できる貴方に比べて私は打つ手に欠ける。だから、それを補って欲しいの。」

「ふむ、一理ある。しかし…どうしろと。」

「アーチャーから聞いたわ。彼女の事、彼女の宝具の事。……そして貴方の事。」



そう、あの日、士郎とアーチャーとの会話を計らずしも聞いてしまった後だった。



「ちょうど、良かったわ。貴女に話があるの。」



そう言って彼女は私を連れて行き、先のことを告げたのだ。



「……なるほどな。それで?」



士郎は話を促す。

だから私は士郎の前に出してやった。

アゾット剣、私の魔力を溜め込んでいた宝石7つ、そして父の遺品であろう巨大の宝石を。



「これは…!?」



そして士郎は父の遺した宝石に興味を示した。

何故か懐かしいものを見るような目で。



「父の遺品よ。召喚の触媒にしようと思っていたんだけど…直前に変えたわ。倉庫にあった絵に惹かれてね。まあ、そのお陰でセイバーを引けたみたいだけど。」



あまりにその宝石を熱心に見る士郎に、少し不思議な感覚を覚えた。

だが、そろそろ本題に入らないといけない。



「…いいかしら?」

「あ…ああ。すまない。」



私は一つ咳払いをした。

そして士郎の目を見つめて告げた。



「アーチャーの軍刀を投影して欲しいの。」

「なっ!!だが、あれは…。」

「聞いたわ。一週間かけてつくったんでしょ。でもあえて頼みたいの。」



士郎はジッと私の目をみた。

私も士郎の目を見つめる。

それから数分が立ち、士郎はため息をついた。



「全く…相変わらず君は無茶を言う…。よかろう、作って見せるさ。」



そういって士郎は頼もしい笑みを浮かべた。





















そして、腰から私は刃を抜いた。

                           チェインズソード・ゼルレッチ
士郎が私の宝石を使って投影した刃――平行なる世界を結ぶ剣を。



「あら、姉さん。そんな鈍ら剣で戦うんですか?」



少し馬鹿にした風に桜は嗤う。

確かにこの剣は、剣の形状をしていて七色の光を発しているが、刃の部分はペーパーナイフのように鈍い。

その上全長も50cm程度しかない。

とても斬れる代物ではないだろう。

だが――



「そうね、桜。でもこの剣は愛しの先輩が私のために投影してくれたものなんだけれど。」



そう言って思いっきりすました笑顔を浮かべてやる。

すると、桜の表情が一気に変わった。

笑みを浮かべ余裕ぶっていたものから、表情と言う表情を削ぎ落とした、能面のような顔に。



「アーチャー、姉さんを殺しなさい。」



同時にアーチャーは無表情のままで飛び込んできた。

そして、あの軍刀で切りかかってくる。

だが、その威力はかつて程のものではない。



「甘い!」



私はその剣撃を剣で受け止めた。

そして、その刀を弾き逆に横に薙ぐ。

アーチャーはその動きを見切ったようにかわす。

明らかに剣の腕は私のほうが下。

だから隙を見せないように次々と攻撃を繰り出す。

だが、アーチャーはそれを全て身のこなしでかわしていった。

そして、剣が空を切った瞬間をねらって彼女が反撃に移る。

縦からの一撃、横薙ぎ、斜めの袈裟切りをなんとか受け止めていく。

そして、再び来た一撃を私はなんとか受け止めた。

剣と刀が火花をあげる小競り合い。

だが、力の関係か私が徐々に押されていく。



「あら、最初の威勢は何処に行ったのかしら?」



桜はまたクスクスと笑う。

その笑いがやけに癇に障る。

……もう、絶対に許してやらないんだからっ…!!

そう思って、力を振り絞る。

アーチャーの顔はさっきからと全く変わらず無表情だった。

だが、不意にその顔から、私を小馬鹿にした顔が浮かんだ。

怒りがふつふつと巻き上がる。



「もお……あったまきた!!」



徐々に押し返していく。

その威力に少し脅威を感じたのかアーチャーは小競り合いから離れ距離をとった。

そして、再び軍刀を構える。

徐々に溜まる魔力。

どうやら宝具を撃つ気らしい。

だけど……



「私も…負けてやるわけにはいかない!!」



同時に自分の剣に魔力を込めていく。



     接続
Zweihaunder…………!」




――同じ調子の 同じ詠唱の 言葉


      接続、        解放、          大斬撃
「「Eine, Zwei, Rand Verschwinden ――――!」




――そして、同じように溜め込まれる魔力


   チェインズ・サーベル・ゼルレッチ
「“平行なる世界を結ぶ軍刀 ”」

   チェインズ・ソード・ゼルレッチ
「“平行なる世界を結ぶ剣”」



そして放たれる魔力の奔流。

お互いの剣と刀がぶつかり合う。

だが、徐々に私の方が押されていく。

始めから、彼女の力が上であることは分かりきった話。

それでも……負けられない。そう――



「負けられないんだから…!!」



気合一閃。私は力を込める。

その時だった。

彼女の軍刀にひびが入ったのは。



「!!」



驚きの表情を浮かべるアーチャー。

その顔に安堵することなく、私はさらに力を込め続ける。

さらなる力比べが始まった。



けれど私は負けない。 そう、負けるわけが無い。

確かにこの剣は即席の剣。

だけど……

だけどこの剣には衛宮士郎の想いが詰まっているのだから、負けるはずが無い。




そして、遂に…軍刀は鈍い音を立てて――



折れた。



同時に私が放った光の奔流がアーチャーを弾き飛ばす。

壁に叩きつけられたアーチャーはそのままぐったりとして動かなくなった。



「さあ、次はアンタの番よ、桜!!」



そう言いながら私は桜に剣先を向けた。

一方の桜はこの光景を見ても微動だにしない。



「ふふふ…その余裕、どこまで持続できるのですかね。」



それどころか不敵な笑みを浮かべ続ける。

同時に、黒い影がぼんやりと浮かび上がる。

だけど勝算が無いわけじゃない。

私は再び剣の柄を握りこんで、深呼吸。

そして、桜に向かって走り出した。








それは見ようによっては凄まじい光景であっただろう。



        解放、    斬撃
「Es last frei.Werkzug―――!」



桜の背後に現れる黒い影を次々と切り裂いて走る私。

そしてそれに焦りの表情を隠せない桜。



     声は遠くに        私の足は    緑を覆う
「Es erzahlt―――Mein Schatten nimmt Sie……!」



桜が再び影を召喚する。



            次、 接続
「Gebuhr,Zweihaunder…………!」



それに構わず私は剣の魔力を高め――



        解放、  一斉射撃
「Es last frei.EileSalve――――!」



その奔流で影を攻撃する。

そしてその攻撃にまた倒れる影。



    声は遥かに            私の檻は 世界を 縮る
「Es befiehlt―――Mein Atem schliest alles……!」



そして召喚される影。



   接続、 解放、     大斬撃
「Eine,Zwei,RandVerschwinden――――!」



それを再び切り伏せる。

この状態は桜にとっては予想外の事。

そして私にとっては予想通りの事。

いくら桜の魔力の容量が増えても撃ちだされる魔力は変化しない。

それは水源がタンクから湖に変わっても蛇口が変わらないなら出てくる水量が変わらないのと同じという事。

そして、私のこの剣も並行世界から魔力を持ってきているんだから、容量は同じ。

私は戦力の拮抗を作り出す事に成功したのだ。



「なぜっ!!なぜ、姉さんがここまで戦えるんですか!!」

「さあ、ね!!」

「私の方が魔力は上のはずなのに!!」

「それだけじゃないって事よ!!」



そういって、私は次の影を切り刻む。

そして、桜に向き直った。



「お仕置きしてあげるわ、姉としてね。」



私は桜に向かって微笑を向けてやる。

それを目の当たりにして彼女はさらに怒りを込めたのだろう。

先ほどまでの妖艶な笑みとは違い、憤怒の表情に彩られた顔つきへと変化している。

冷静さを失っている。 それがはっきりとうかがい知る事が出来る。

だからだろう、彼女は一気に影からの攻撃を集中させようと影を集めようとした。

だが…それは一瞬の空白を生んだ。

そしてそれが―




私にとって、最初で最後のチャンス―――!!






私は一気に距離をつめる。 桜の眼前にせまるために。

私と桜の間には隔てるものは何もない。

一気にその距離を駆け抜ける。



「姉の責任として貴女を討ってあげるわ!!」



私はそう叫んで近づく。

それは絶対的な間合いと速度。

彼女は影を出して、防ぐ間もなく。

ただ、来るなといわんばかりに恐れの表情を浮かべる。

そう、恐れの表情。

姉に殺される自分の想像をしているのだろう。

それに構わず、私は近づく。

走馬灯のように駆け巡る桜に対する記憶。

幼い時に分かれた少女。

唯一生き残った少女に対する記憶を。



思い出しながら





そして…次の瞬間だった。

肉を切り裂く鈍い音がしたのは。







そして、それは桜を私が切り裂いた音ではなく

桜が無意識の自己防衛本能で繰り出した一撃に貫かれた、私の体から出たものだった。


あとがき

というわけで15話をお送りしました。



えらく前作から時間がかかってしまいました。

とりあえず一気に終わらせるように努力していきたいと思います。

次へ

戻る

inserted by FC2 system