「……」



目が覚める。

いつもの夢はないが、寝起きも良くはない。

結局、あれは何だったのか?

自分の記憶する聖杯戦争において、あのような黒い影は出てこなかった。

それ故に戸惑いばかりが沸き起こる。

そして、ため息。



「全く……歴史は変わる…か。」



俺は布団からでて、土倉に向かうことにした。



赤き弓の戦


第9話 英雄王



「おはよう、シロウ。」



朝食の準備をしていると、アーチャーが起きてきた。



「ああ、おはよう。」



どうやら昨日と違い普通の状態のようだ。

思わず俺は、ほっと安堵のため息をつく。

だがそれも、当然だと思って欲しい。

昨夜のアレはそれぐらいの殺気を放っていたのだから。

無言のまま、俺はアーチャーの前に朝食を置いた。

その間俺たちは、一言の言葉も交わさなかった。



「おはようー!! 士郎、ごはんっ!!」



その静寂を破ったのは冬木の虎。

いつでもどこでも、ハングリーな奴だった。





「ぶー、今日は二人とも元気がないよぅ。」



そんな事を言いながら食べる速度は落ちぬ藤ねぇ。

相変わらず微妙に微笑ましい光景だ。

そういえば、最近までは、藤ねえと桜…この二人との食事が多かった気がする。

桜か……

日常の象徴である少女。

その彼女を、この戦争巻き込むわけにはいかない。

それだけは決定事項だと思った。






昼休みに入る。

俺はいつものように、教室をでた。

そして、凛の教室の前を通る。

凛はまだ教室の中にいた。それを横目で見ながら教室を見回す。

やはり一成は来ていない。

命に別状はないとはいえ忸怩たる想いがして、俺はぎゅっと、拳を握り締めた。

兎にも角にもやらなければならないことはたくさんある。

俺は凛の教室の前を通り過ぎ、屋上へと向かった。

屋上に入ると、すでにアーチャーが結界を張り終えていて。

そして、早くもビニールシートにはセイバーが座っている。

今日もここで、作戦会議が始まるのだ。





「全く、教室の前に来たのなら声ぐらいかけていきなさいよ。」



凛が先ほどの件で文句を言う。



「……不用意に学園で声をかけるなといったのは遠坂さんじゃないか。」

「それはそれ、これはこれよ!」



おお……最近声が変わった某小学生のような言い草。

ちなみに彼の得意技は、超音波。

英霊になったならばきっと、宝具はマイクだろう。

と、まてよ。なんで声が変わったことを知っているんだ?



「……葛木先生の件だけど」



アーチャーが話をこっちに強引に戻す。

どうやらきりがないと判断したようだ。



「今は休みになっているけど…その実、行方不明になっている。」



職員室で聞いたのだろう。

それに知ってるといった感で俺は頷いた。

彼女は葛木の担任のクラスだったか。



「こっちも慎二はずっと休みっぱなしだ。」



身近にいたマスターが次々と脱落していく。

それが聖杯戦争の現実。



「学校の結界はもうすぐ発動する。キャスター、それと多分アサシンが脱落したといっても、まだバーサーカー、ランサー、ライダーがいるわ。
 あとはあの黒い影……まだ前途は多難といった所ね。」



彼女は、箸を唇に当てたままため息をつく。

確かに思わしくない。



「あの黒い影……アレは何だったのかしらね…。」



呟く、凛。



「さあ…な。」



俺もこればかりはわからない。

2回、同じ戦争を経験した。

しかし、その戦いの内容は両方違う。

だからだろうか…このようなイレギュラーが出てくるとは予想もつかなかった。



「ともかく、もう少し警戒が必要かもしれないわね。」



そのアーチャーの言葉に頷く一同。



「それで…今日はどうしますか?」



尋ねるのはセイバーだ。

ハングリースピリッツは健在、ほぼ全て食べ終えている。



「……とりあえず町の警戒、それともう一度柳洞寺の調査って行った所かしら。」



凛の言葉に俺は頷く。



「どっちに行く、シロウ?」

「……俺たちが町に出よう。いざという時俺たちの方が対処しやすい。」

「そうですね、シロウなら私も信頼が置ける。」

「――くやしいけど、それは認めるわ。衛宮くんがどんな生活を送っていたか知らないけど、貴方の方が戦い慣れている。」



そう不機嫌そうに、だけどそれを認める遠坂。

その一言に思わず目を丸くしてしまった。



「珍しいな。遠坂がこんなに譲歩するなんて。」

「事実なんだから仕方ないじゃない。」



そう言って凛はそっぽを向く。

だが、それを聞いて笑みを浮かべてしまうのは仕方ない事だろう。






「どうだ?アーチャー?」

「うーん、サーヴァントらしき気配はしないわね。」



俺たちは新都から深山町への橋を渡り終え、海浜公園へと入った。



「……しかし、全くどうなっているんだ?」



思い出すのはあの黒い影のこと。



「――分からないわ。サーヴァントを持ってして、アレだけの恐怖を与える存在。全く出鱈目だわ。」



アーチャーも同意する。

この様子では、アーチャーにも全く理解できないらしい。

思わず、俺もため息をつきそうになる。

だが――

アレを放置しておくわけにはいかない。

そういう風に考えていた時だった。





「ほお……こんな所にいたか。」



突然聞こえてきた声に俺とアーチャーの警戒レベルが一気に急上昇する。

声の方向には、一人つの影があった。

黒いライダースーツを纏う金髪の青年。

無駄に神々しいオーラを持つヤツ。

迂闊だった。

こいつの存在を完全に忘れていた。



「つっ…なんて力。」



アーチャーが呟いた。

どうやら彼女は目の前の男のヤバさに気づいたらしい。



「我がこんなに早く出てくる事になるとは思わなかったのだがな。まあ良い。貴様らに死をくれてやりに来たぞ。」



そういって、青年は不遜な笑顔を浮かべる。



「……それは光栄な事だ。英雄王自らお出ましとはな。」



そういって俺は拳を握る。



「なっ!!英雄王ギルガメッシュ!?」



その一言にアーチャーが驚きの声を上げる。

だがヤツにとって、正体を知られた事はそう痛くない事らしい。



「ほお…。我を知るものがいたとはな。有名な事も時に考え物だな。」



そういってヤレヤレといった感じで首を振る。



「アーチャー……時間を稼いでくれ。」

「……何か方法でも?」

「任せろ。」



同時にアーチャーが飛び出した。





          体は     剣で     出来ている
 「――――I am the bone of my sword.




「ほお…来るか、雑種。」



ギルガメッシュの呟きがもれた瞬間にアーチャーは例の“アブソリュート・ガンズ”を連射する。



「甘いな…」

だが、ギルガメッシュはそれを弾き飛ばした。

何らかの宝具を使用したようだ。





          血潮は鉄で              心は硝子
 「―――Steel is my body , and  fire is my blood




アーチャーは次の瞬間、銃を持たない左腕をかざす。




          せまれ           火山の火
「――der Vulkan stost Lava aus . 」




同時に噴出す炎。

それがギルガメッシュを襲う。

しかし、ヤツはそれを涼しい顔で受け流した。





                    幾たびの戦場を越えて不敗
 「―――I have created over athousand blades.

                ただ一度の敗走もなく
             Unaware of loss .

                           ただ一度の勝利もなし
             Nor aware of gain




「この程度か、雑種?」



だが…



    狙え、   一斉 射撃 
Fixierung, Eile Salve――――!」



アーチャーの攻撃はまだ終わらない。




  アブソリュート ・  ガンド 
「“絶対的な呪術の銃 ”!!」




               担い手はここに独り
 「―――With stood pain to create weapons.

                         剣の丘で鉄を鍛つ
          waiting for one's arrival





襲う光の奔流。



「ふむ…腐っても英霊か。」



流石に今まで余裕だったギルガメッシュも手をかざした。

同時に現れる七つの花弁。

それは完全なるロー・アイアスだ。

投擲兵器に完全な防御となる盾は、銃弾をも弾いてしまった。





         ならば、               我が生涯に意味は不要ず 
 「――I have no regrets. This is the only path




「さて、今度はこちらから行かせてもらおう。」



そういうと英雄王は指を鳴らした。



ゲート オブ バビロン
「“ 王の財宝 ”」



同時に次々と現れる宝具。



「全く…最悪だわ。」



悪態をつく、アーチャー。

しかし、その闘志は消える事はない。



「さあ、幕を引こうか…雑種。」



そしてギルガメッシュは腕を振り上げた。




               この体は、              無限の剣で出来ていた
 「―――My whole life was “unlimited blade works”





そして、アーチャーに宝具の雨が降り注ぐと同時に、俺の投影した剣が降り注ぐ。



「なっ!!!  貴様!!!」



英雄王が俺を憎しに歪めた顔で睨む。



 フェイカー
贋作者か!!」



それを聞きにやりと笑うのが自分でも分かった。



「如何にもだ、英雄王。ところで……」



そして次々と投影していく。



「貴様の宝具の貯蔵は十分か?」



同時にお互いの宝具が次々と降り注いだ。

アーチャーからの魔力供給があるといえ、流石にキツイ。

だが……


ここで負けられない。



「どうした、英雄王。その程度か?」

「くっ!!雑種如きがっ!!!」



吼える、ギルガメッシュ。

当然、俺のほうに注意が完全に向いている。

なら……



      接続
 「Zweihaunder…………!」




アーチャーに注意は…



      接続、       解放、     大斬撃
 「Eine, Zwei, Rand Verschwinden――――!」




向いていない!!



「シロウ!!回避して!!」



その声を聞いた刹那、打ち合いをやめてバックステップ。

急激な動きに体が悲鳴を上げる。…が、気にして入られない。

宝具が何本か体をかすった。

しかし、避けきった俺にとっちゃ些細な事。

その直後だった。



    チェインズ サーベル・ゼルレッチ
「“平行なる世界を結ぶ軍刀 ”」



銃を左手に持ち替え、彼女が右手に握るのはランサー戦で持っていた軍刀。



それをアーチャーは



            思い切り



                  なぎ払った。




その攻撃は、かの騎士王の宝具と変わりない威力。



「なっ…!!」



流石の英雄王も回避する暇がなかった。

強力な一撃が、ヤツを直撃する。



「やったか?」



俺は思わず呟いていた。




「くっ……雑種共が!」



だが、英霊王は再び現れた。

先ほどのライダースーツとは違い、金のフルプレートを纏った姿で。

しかし、頭から流れ出る血。

流石に無傷とはいかなかった様だ。



「ラウンド2…か。」



次の戦が始まる……その時だった。





再びまとわりつくような、ねっとりとした殺気。

不意に下がる体感温度。



「また雑種が増えたか?」



そういって英霊王は振り返った。

現れたのは……またも黒き影。



「どうする、シロウ?」

「決まってる…………逃げるぞっ!!」



そう、今の自分たちに勝ち目はない。



「なるほど、無様な姿だ。だから言ってやっただろうに…。」




ほっとけ。

心の中でその台詞を吐きながら一目散。


一方の英霊王は、悠々とゲートオブバビロンを開いていた。

どうやら戦う気は満々の模様。

しかし、注意がそっちに向いているのなら好都合だ。

俺とアーチャーは一気に離脱した。

英雄王は俺たちに興味をなくしたように、黒い影と向き合っていた。





公園から離れる中で俺たちは感じ取った。

あの英雄王の気配が消えた事に。

あれほど圧倒的な英雄王が、あの黒い影にやられてしまったということを。





「そう……。また遭遇したのね……。」



凛はため息をついた。



「ああ、また尻尾を巻いて逃げちまった。」



アレと戦えるはずがない。

そう直感する自分がいて。



「しっかし、イレギュラーな英霊、ね。」

「英雄王ですか……。前回、私が敗れた相手です。」



そう言って拳を握るセイバー。

リベンジに燃えているのだろう、彼女の背景で幻想の炎がメラメラと漂う。



「こっちも会ったわ…。間桐臓硯と彼の英霊、アサシンに。」

「なっ!!アサシン!?」



流石に驚く。これも俺の記憶にない。



「ええ。しかもあのアサシンとは違うアサシン。」

「……。」

「今回の聖杯戦争は何かがおかしい…。」



そう呟くのはセイバー。



「そうね…。こんな事は初めてだわ。」



俺の隣で、アーチャーが同意した。



黒い影、新しいアサシン。そして間桐臓硯……。



あまりにも多い、不確定要素。

だから俺は……



「……イリヤと、手を結ぼう。」



そう、決断した。


あとがき

というわけで9話をお送りしました。

ギル様登場です。

といってもすぐに退場されましたが。



さて、アーチャーさんの宝具第2弾を出してみました。

といってもほとんどバレバレですが。

すでにアーチャーさんの正体も皆さんにはバレバレでしょうがもう少しお付き合いください。


これからも鈍足ながら頑張っていきますのでよろしくお願いします。

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