「……もう一度言います。協会の封印指定に従い、協会の保護に入りなさい。さもなければ……殺害します。」



目の前には二人の女性。

だが、目の前に立つ男は無言で二振りの短剣を取る。

無論、女性たちもそれが分かっていたのだろう。

臨戦態勢をとる。

そして――激突

乱れ飛ぶ魔術

剣戟の応酬

体術

そして飛び散る血飛沫

貫かれる胸






そして男は片方の女性の剣の前に斃れた。

男に浮かぶのは笑顔。

それは男の終わりであり始まり。

そして、男を斃した女性にとっても終わりであり始まりだった。




赤き弓の戦


第8話 魔術師





「……。」



俺は目を覚ます。

また夢?

しかし、思い出すことはやはり出来ない。

最近、こういうことが多い。

おそらくアーチャーと回路が繋がっている事で、彼女の夢が流れ込んできていることが原因。

しかし、思い出せないのは何故だろう。

憮然たる想いを持ちながら、俺は起きる事にした。






「……おはよう、シロウ。」



朝食を作成中にアーチャーが起きてくる。



「………アーチャー、か?」



その姿はいつもの凛々しい姿ではなく、寝癖がついた魔王。

思わず挨拶を返すのを忘れてしまうほど。

アーチャーはそれを気にも留めず、牛乳を一気に流し込む。

……さてはて、これが英霊なんだろうか?

しかし……



「仕方ないでしょ。朝は弱いんだから。」

「……サーヴァントに睡眠はいるのか?」

「……うるさいわね。」



いつもの切れがない辺りからして、本当に弱いようだ。



「しろー。入るよー。」



そうこうしているうちに冬木の虎が現れた。

さて今日も騒々しい日が始まるようだ。





虎を適当にあしらいつつ、三人の食事が終わり、虎が家を出るのを見送った後に俺たちは出発した。

アーチャーは早く出ないでいいのかと尋ねると、マスターの近くにいないサーヴァントに意味があってとバッサリ。

どうやら復活したようだ。

しかし……



隣に居るのは先ほどまでの姿とは違いきっちりスーツを着こなしたキャリアウーマン。

この猫かぶりは全く誰かを髣髴とさせる。



「あら、おはよう。衛宮君。」



と……噂をすればなんとやら。ご本人が登場した。



「衛宮先生、おはようございます。」



その横ではセイバーが律儀に担当教諭に挨拶をしている。

しかし、英霊同士で師弟関係とはいかなるものなんだろうか?






時は移り、昼休み。

目の前であいも変わらずとんでもない量の昼食を食す騎士王を見ながらの作戦会議である。



「それで……どうするの?」

「ん?」

「作戦よ、作戦。正面から行ってもアサシンとぶち当たるだけよ。」

「……倒せばいいんじゃないか?」

「それが出来れば苦労しないわよ。セイバーと互角に打ち合っていたのよ。」

「アーチャーも居るから大丈夫だろう。」



そう凛に言ってやる。

その様子を見て凛が少し不満そうに



「……なんか楽観的じゃない?」



と言った。



「いや、正直それ以外の方法がない。」



俺は正直に答える。



「相手はキャスター。しかも彼女の陣地に攻め込むんだから小細工は無駄だろう。それに正面突撃を判断したのはセイバーだろ?」

「!!  よく分かったわね。」



そう言いながら騎士王の方を見る。どうやら未だに食に夢中らしい。



「理由は偵察でしょうね。」



それまで黙っていたアーチャーが答える。



「だろうな。相手の出方を知るための。実際、セイバーはバーサーカーを除けば正面対決では最強だろう。流石に百戦錬磨のアーサー王。戦い慣れている。」

「“彼を知り、己を知らば”ってやつね」

「なるほど、だからあえてあんなに正面対決にこだわったのか……。」



どうやら凛は納得したようだ。

昨晩のセイバーの強攻策が気に入っていなかったらしい。





「それで相手の宝具は?」



俺は少し考え込んでいた凛に問う。



「あ、言ってなかったか…。まあ、宝具っていうかアレは必殺技ね。佐々木小次郎っていったらあの技って感じの」

「……ツバメ返しか?」

「ご明察。しかしこれまた出鱈目な技でね。原理は分からないけどセイバーがかわせたのが奇跡だったって。」

「……はい。」



と、セイバーが満足したようで、こちらの話に入ってきた。



「原理は分かりません。しかし、縦、横、そして斜めの斬撃が同時に来ました。階段から転げ落ちなかったら間違いなく斬られていたでしょう。」



三重斬撃…。それはまるで…。



「多重次元屈折現象…。」

「え、アーチャーなんて?」



アーチャーの呟きに凛が反応する。



「多重次元屈折現象よ。魔術師の貴方なら分かるでしょ?」



アーチャーの少し小馬鹿にした笑み。

だが、凛はそれに反応しない。



「……本当にデタラメ。第2魔法の範囲じゃない…。」



それは衝撃が大きかったからのようだ。



「という事は防ぎようはないということ、か…。」



そう、流石にセイバーといえどもこれは防ぎようはないだろう。





「いえ、対策はあります。」



しかし、セイバーはさらっと答える。



「え、何よそれ?」



真っ先に反応する凛。



「別に真っ向から防ぐ必要なんてありません。剣は抜かせなければいい。」



その台詞にアーチャーが気がついた。



「なるほど、要はツバメ返しを出させなければ良いってことか。」

「はい。幸い、こちらには二人の英霊が居る。アーチャーと私が連携してかかり、アサシンが技を出す隙を与えず倒すのです。さらに…」



セイバーは少し目を細める。



「いざとなれば宝具を撃ちます。」



そう、騎士王の絶対の武器を放つという。



「とにかく油断なく行かないとこちらがやられるわね。」



その一言に俺たちは頷く。その時チャイムが鳴った。



「じゃあ、今日はこの辺りで。」



同時にアーチャーが結界を解いた。






放課後、何やらアーチャー達が遅くなると言う事で、待たされる俺。

ふと空を見上げると夕日の空。

赤い赤い光景。

何やら不穏当な風景ではあるものの、綺麗ではある。

そんな時だった。

廊下から歩いてくる人物を見て拳を握る。

それは――葛木宗一郎。キャスターのマスター。

そう、自らを“朽ち果てた殺人鬼”と称した男。

その彼が一人でこちらに向かってくる。

奇襲か?



「そう、緊張するな、衛宮。別にここで仕掛ける気はない。」



向こうから話しかけてきた。

マスターとして知られている事は当然だろう。キャスターなら俺がマスターである事を掴んでいるはずだ。

それはなんて矛盾。今までも前回も、葛木が自分から話しかけてくる事はなかった。

さらに深まる疑念。



「お互いマスター同士。油断はならんということか。」



そういう葛木に相変わらず笑顔はない。



「当然でしょう。それに貴方ほどの技量なら、俺なんて一瞬ですから。」

「それは私とて同じだろう。」



そしてお互いの瞳をにらみ合う。



「夜に会ったときは手加減はいらない。遠慮なく殺しに来るがいい。」

「そうさせてもらいます。」

「さて、そろそろ衛宮先生が出てくる。行くといい。」

「では。」



そういってすれ違う。そのまま葛木が仕掛けてくる気配はなかった。

果たして葛木が何をしたかったのか。

それだけが俺の中の疑問として残った。






疑問は引きずられたまま夜を迎える。

そして集結。

俺たちは一つ頷くと、柳洞寺へと向かう。

そして寺の門へと近づいた。



「準備はいい?」

「……ああ。」



俺は夕方の葛木との会話の疑問を払拭するように答える。





だが……





「待って。様子がおかしいわ。」



アーチャーが待ったをかけた。



「ええ……何でしょうこの不安。分かりませんが。」



サーヴァント二人が訴える違和感。



「結局の所、正面から行くしかない。それは確認済みのはずよ。」



それでも凛は前を向き、そう言った。

頷く俺たち。

そして、俺たちは走りだした。

一気に階段を駆け上がる。



「サーヴァントの気配がしない!?」



セイバーが驚きの声を上げる。

同時に門に近づく。しかし、サーヴァントが現れる気配はない。

そして……門をやすやすと突破した。



「……罠かしら?」



凛が呟く。



「分からない。だけど、警戒を怠ってはだめだ。」



そういって俺も気配を配る。

――その時だった。

参道で槍が見えたのは。

しかし、幻のように消える。



「ランサー?」



何故かそう呟いた。

だが、こんな所にランサーが居るはずがない。



「中に入るわよ、シロウ。」



アーチャーに言われて、我を取り戻す。






「なるほど……。寺のお坊さんたちもお構いなしって所ね。」



寺の中では坊主達が生気をすわれた後の様でぐったりとしていた。

当然、その中に知り合いが一人。



「一成……。」



生気を奪われてはいるが命に別状があるわけではないようだ。

少し安心する。



「先に行きましょう。」



アーチャーの提案に従いさらに奥へと進む。

そして――お堂に居た。





フードを被った魔術師。

手には禍々しい短刀を持ちうずくまる。

そして彼女の前には一人の男が倒れていた。

胸に大きな穴。

それで悟る。

葛木は死んだ、と。



「キャスター…、貴方!」



凛が呟く。

それでキャスターはこちらに気がついた。



「……セイバー、それにアーチャー。そう……」



そういってキャスターは立ち上がる。



「全く辛らつな罠だこと…。」



そういって彼女は手をかざした。

フードから覗く目には絶望の色。



「キャスター……。」





次の瞬間、魔術の弾丸が打ち出される。





「ここは任せてください!」



それと同時にセイバーが前へと出る。

そして全ての弾丸を弾き飛ばす。

そう、対魔術力に優れるセイバーがいる限りキャスターに勝ち目はない。

そして、セイバーは突っ込んだ。

次々とはじき出される弾丸は騎士王にはあまりに無力。

セイバーは一気に距離をつめ風王結界を振りかぶる。

その時だった。

不意に浮かぶ夕方の光景。

葛木の顔。

アーチャー時代の戦争の記憶。



「殺すな!セイバー!!」



俺は叫んだ。

それに反応したのか、彼女の斬撃は浅い。

キャスターの動きを封じるも致命傷には至らなかった。



「……どうして?」



キャスターが恨みがましい目でこちらを見る。



「何故…何故殺したんだ?……先生を。」



その一言に凛が顔を改める。

その顔は紛れもなく葛木宗一郎だった。

その一言を聞いてキャスターは震えだした。

泣いているのか…?



いや―――




「…ふふふ。  あはははははははっ!」



狂ったように笑い出した。



「笑わせるわ。私が宗一郎様を殺す?」



そういってキャスターはこちらを向く。

フード後ろにずり落ち、顔が現れる。



「私がやったのならどんなに楽だったかしら…?」



その顔に浮かぶのは狂気、悲嘆、哀愁、後悔、そして―――絶望。

思わず、後ずさりしそうになる。






――その時だった。

不意に温度が下がる。

そうドロドロととけるような殺気。

現れる黒い影。



「あら…お迎えが来たみたいね。」



他人事のように言うキャスター。



「逃げるわよ!!」



同時にアーチャーが叫ぶ。

俺もその声に反応し、背後を向く。



「え???」



少し反応が遅れる凛。



「マスター、失礼します!」



その凛を肩に背負い一気に飛び出すセイバー。

そう、俺たちは全力で逃げ出す。




ボチャン――




飲み込まれる音。

キャスターがやられた。

だが、他人にかまってる暇はない。

全力で離脱。

そして、俺たちは柳洞寺を後にする。

まさに尻尾を巻いて逃げ出したのだ。






あの殺気に当てられたのか、俺たちは安全圏に離脱した後も終始無言だった。

凛も今更、あの雰囲気のヤバさに気づいたらしく、何も言わない。

そして、分かれ道。



「明日…学校で話しましょう。」



凛は言葉少なめにそれだけ言う。



「ああ。」



俺も言葉少なめにそれだけを返した。



「じゃあね。」

「失礼します、シロウ。」

「ああ、セイバーも凛も気をつけて。」



そういって俺たちは別れた。



「……なあ、アーチャー?」

「何?」

「アレは何だったんだろうな?」



先ほどの黒い影。

今までの聖杯戦争でも見たことない…はず。



「分からないわ……だけど、アレはヤバすぎる。それだけは事実よ。」



俺はそれに頷いた。

それだけは否定できない事実だったから――。


あとがき

というわけで8話をお送りしました。

そろそろストーリーが大体つかめてきたと思いますが、準拠は『HF』ルートになっております。

そして細かい所が見えてきたかと考えますが如何でしょうか?

それでは更新が鈍足ペースですが、これからもよろしくお願いします。

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