周りは火の海、俺はその中で立ち尽くす。

この光景は何度も見たあの日の記憶だろうか。

いや、それは違う。

なぜなら、俺の体は大人だから。

そして目の前には人が倒れているから。

この光景に何故か見覚えがある。

オモイダスナ

場面が変わる。

そこはどこかの城の中。

辺りは物音一つしない静寂の中。

そして、目の前には人だったものがある。

その光景に自分の気持ちが高ぶる。

ダメダ

オモイダスナ

そして次の光景。

俺は剣を握り、戦う。

次々と襲い来る強圧な一撃を次々と避ける。

この剣は勝利すべき剣。

強靭な一撃で敵の攻撃を弾き飛ばす。

そして、相手の胸に剣を突き刺した。

ミルナ

同時に相手の顔が…

ミルナミルナミルナ

見えた。

ミルナ!!




赤き弓の戦


第6話 学園





「!!」



俺は布団から飛び起きた。

季節は2月という真冬だというのにこの汗はなんだ。

夢?

いや、何も思い出せない。

ただ、ものすごい悪夢だった気がする。

思い出してはいけない。

そんな呪縛が自分にかかっていた気が…



「目が覚めたの、シロウ?」



不意に女性が声をかけてくる。

藤ねえか桜…いや違う。



「何ボーっとしてるのよ。」



目の前に現れたのは…



「…アーチャー…か。」



それで思い出す。そう、俺は昨日アーチャーを召喚した。

聖杯戦争に参加したと言う事だ。



「…それにしてもすごい汗ね。」

「気にするな。少し夢見が悪かっただけだ。」



そう言って俺は布団から這い出す。



「料理作っておいたから、早く来るのよ。」



そう言ってアーチャーは部屋を出て行った。



「……料理をするサーヴァントね。」



奇妙なものであると思う。



「…人の事は言えない、か。」



そう、俺も英霊だった頃は料理を嗜んだ気がする。



「おはようございます。」

「士郎ー。あがるよ。」



ちょうどいいタイミングで藤ねえと桜が家に来る。

まあ、日々の日課とはいえ、二人もよく来るものだ。

そう思って苦笑したとき…



「まて…よ。」



いやな予感がした。

それはもう超絶的にいやな予感。

何かこれはまずい気が…。

急いで着替え、そして居間へ走る。

そして…居間に着いた時、手遅れに気がつく。

そこには、ゆったりと食事の準備をするアーチャーとそれを見て固まる桜と藤ねえがいた。

なんだろう、このぷれっしゃーは?



「…あら、皆さんそろいました?では朝食にしましょうか?」



何故かやけに丁寧な言葉遣いのアーチャーが促した。

「……先輩」



桜が呼ぶ。



「…なんだ、桜。」

「こちらの方はどなたですか?」



桜は笑顔で聞いてくる。

その笑顔は本当に素晴らしい。

だが…何故だろう。

これほどの死の予感は久しぶりだ。



「…お姉ちゃんも聞きたいな。」



藤ねえもこんな笑顔ができるんだなーと何となく思う。

ああ…なんだ。

何か、聖杯戦争よりおそろしいものがここに…



「切嗣さんの妹?」



ぷれっしゃー溢れる食卓が終わった直後にアーチャーが説明に入ったようだ。



「はい。今日から少しの間お世話になるって士郎くんに電話で伝えておいたのですが…。」



…死の淵が見えたとき、アーチャーが助け舟を出してくれた。



「シロウ?」

「すまん、忘れてた。」



アーチャーはもっともらしい言い訳をする。



「それに藤村先生とは昨日お会いしましたが?」



それを聞いて、藤ねえは少し考え込んだ。そしてアーチャーの顔をまじまじと見る。



「お忘れですか?衛宮由美子、留学生の日本語の講師で学園に赴任の挨拶を昨日しましたが?」



アーチャーは笑顔で、しかしはっきりと藤ねえの目を見た。



「あ〜!!由美子さんだ!!ごめん、気がつかなかった!!」



そのあと改めてよろしくと挨拶する藤ねえ。

しかし、アーチャー…暗示を使ったか。流石にキャスターのクラスでもいけると言っていた実力の持ち主。脱帽する。

だが、全く完全な猫かぶり。

どこかの誰かを思い出させてくれる。



「しばらく、厄介になりますのでよろしくお願いします、藤村さん。それと間桐さん。」

「あ、よろしく。」



藤ねえが応える。

その一方で…



「桜?」

「あ、すいません。こちらこそよろしくお願いします。」



そう言って桜も深々と礼をする。



「ええ。」



ふと時計を確認する。



「桜、そろそろ出る時間じゃないか?」

「あ、そうですね。」



そう言って桜は立ち上がる。



「じゃあ、玄関まで送るよ。」



そう言って俺も立ち上がる。



「じゃあ、片付けますわ。」



アーチャーが動き出す。

藤ねえは…テレビを見てやがる。

俺は桜と連れ立って、玄関に向かって歩き出した。



「あ、先輩。」

「ん?」

「すいませんけど、明日から家庭の事情でしばらくこちらに来れないのです。」



桜は申し訳なさそうに俺に告げる。



「いや、かまわないよ。」



俺はそう応えた。正直、この後の聖杯戦争において、桜を巻き込むわけにはいかない。

だから、こちらに来ないほうが好都合と言えた。



「本当にすいません。」



そんな会話をしているうちに玄関へとたどり着いた。



「じゃあ、学校でな。」

「あ、はい…。」



そういって俺たちは分かれる。

その時、桜の顔が妙に物悲しいように見えていた。





学園に向かって歩く。

もともと友人の少ない俺は桜と一緒でないときは一人で歩いている。

それ故普段はひっそりと登校しているのだが…



「シロウ、貴方って結構注目の存在なのね。」

「……君の所為だと思うが。」



思わず昔の言葉遣いが出てしまう。

そう、今日は注目の的だった。

真横に赤いスーツを纏った女性がいれば誰だって注目するだろう。



「おはよう、衛宮くん。」



その時不機嫌な声が響いた。

この声は凛の声。

やはり朝は弱いのかと思いながら…前を向くと、朝から素晴らしい笑顔を下さった。

そして横には制服を着たセイバーもいる。

それは不思議な光景だった。

情報を整理するとこういうことだった。

俺の側はアーチャーが余計な設定を付けてくれた所為で霊体化して学校に連れて行くことが出来なくなった。

一方のセイバーは霊体化が出来ない。

そのため学校に制服で潜入させる事になったようだ。

ちなみに当初は一人で行くと凛は言ったようだが、昨日学校に結界が張ってある事が判明した点。

そして俺の例のようにイレギュラーが他にもいるかもしれないという強固なセイバーの反対により却下されたらしい。

学校にどのようにサーヴァントを連れて行くかで悩むとは流石に凛も想像していなかったようだ。

学校という閉鎖的な空間でセイバーという金髪の少女は大いに目立つ。



「私がセイバーの先生になればいいんでしょう?」



アーチャーの何気ない一言だった。



「何を…?」



凛が少しあっけにとられた風な声を出す。



「…暗示か?」



それをさえぎって俺が尋ねる。そういえば先ほど、藤ねえにも暗示をかけていた。

しかも留学生の講師と。

その件を凛に話す。



「……やけに手際がいいわね。」



と凛はアーチャーを睨む。

確かに…これでは…



「あら、たいした事じゃないわよ。昨日、セイバーが霊体化していなかったこと、そして性格を考えればこれくらい想像できるわ。」



そう、いい捨てるアーチャー。

しかし、凛もセイバーも疑念の視線を外してはいなかった。

そして、俺自身も納得はしていない。だが、アーチャーは未来の英霊。どこかで俺から聞いたのか、それとも――

その時、



「まあ、私を疑うのもいいけど、時間はいいのかしら?」



余裕たっぷりに言うアーチャー。

そして、時計を見る凛と俺。



「これは…やばい!!」



次の瞬間、俺と凛はダッシュしていた。





今日はいろいろな話で教室は持ちきりである。

留学生が隣のクラスに転校してきた、とか

留学生クラスの講師は物凄い美人、とか

完璧な遠坂さんが遅刻しそうになってダッシュで学校に来た、とか

それらの全ての要因に俺が関わっている、とか

その所為で俺は物凄い視線を周りから浴びている。

その割りに



「衛宮どの、今日は注目の人でござるな。」



話しかけてくるのは彼くらいな所が微妙な所だ。

今までの俺の生活を少し反省する。

そういえば、修行とかバイトとか部活とかに明け暮れて友達付き合いは良くなかった。

そして、昼休みに入り、俺は屋上に向かった。





「……」



屋上に上がるとすでに3人とも到着済みだった。

だが、全員の顔が微妙に違う。



「あら、遅いわね、シロウ。」



そういってニヤケタ笑顔を浮かべるアーチャー。



「そうです。早くご飯にしましょう。」



弁当の前にご飯食べる気満々のセイバー。



「……」



そして、苦虫を潰した表情の凛がアーチャーが持ってきた重箱弁当を前にして座っていた。

まあ、こんな光景もいいだろう。





「で、そろそろ本題に入っていいかしら?」



そう言って凛が切り出す。



「ああ。」

「まず情報を整理するわね。現在判明しているサーヴァントは4体ね。」

「アーチャー、セイバー、バーサーカー、それとランサーね。」

「ああ、それぞれ真名も判る。」

「少し待ってください。我々はアーチャーの真名を知りませんが?」



セイバーがご飯粒をほっぺにつけたままたずねる。



「ああ、俺も知らない。」



その一言にセイバーと凛が固まった。



「だが、俺の英霊だからな信頼していいはずだ。」



無条件でそういった。するとアーチャーが顔を真っ赤にした。そして凛とセイバーは呆れ顔である。なんでさ?



「まあ、いいわ。残りはライダー、アサシン、キャスターね。その件で気づいたことはある?」

「そうだな。気になる事は学校の結界と柳洞寺の二点だろう。」



それを聞いて意外な顔をする凛。

どうやら両方気がついていないと思っていたようだ。

確かにかつての衛宮士郎なら気がつかなかっただろう。

だが、今の俺なら仮にアーチャーの記憶がなくても気がつく。



「…とりあえず私は柳洞寺について探ってみるわ。」

「じゃあ、俺は学校の結界か。いいだろう。」



俺は同意する。この結界は確かライダーのもの。という事は間桐慎二と交渉をしなければならない。

間桐慎二。

彼はこんな俺とも友人となった少年。

そして、ある日から突然俺を見下すようになった少年。

俺は彼が何故そうなったか判らない。

だが、彼もできれば助けたい。

しかし、慎二が一筋縄でいくとは考えにくい。

そうなるとライダーを倒さなければならないだろう。

しかし、ライダーに関する知識は少ない。そもそも磨耗した俺の記憶ではセイバーのエクスカリバーで打ち合っていた記憶しかない。

また、アーチャーの時はすぐに退場したため、現在の俺は大した情報は持っていなかった。



「まあ、何とかなるさ。」



俺はそう呟く。すると他の3人が不思議そうな顔をしていた。





遠坂たちと別れ、俺は教室に向かう。

その時だった。俺は視線を感じて振り向く。

それは遠くから見つめる視線。だがそれはひどく冷たいものだった。

振り向いたときこちらを向いている生徒は独りもいなかった。

だが、一人見知った人の後姿だけは見えた。



「まさかな。」



俺は再び教室へと向かった。





その日の夕方だった。

呼び止めたのは偶然にも慎二だった。

隣にはアーチャーがいたが慎二は一対一で話がしたいといってきた。

まあ、実際話はしなければならないと思っていたので応じる。

そして、裏庭。



「なあ、衛宮。お前マスターなんだろ?」



慎二はいきなり言ってきた。

さすがに学校に実体化したアーチャーを連れてきていたのはまずかっただろうか、あまりに早くばれていた。

一瞬考える。



「ああ。そうだ。」



だが、結局応えた。



「なら…僕と同盟を組まないか?」



いきなりの話。やはりかと思ったが…



「お前…マスターだったのか?」

「ああ。実は僕も魔術師なんだ。」



その一言にひどく引っかかった。回路のない魔術師。

それはありえない。



「僕とお前が組めば無敵だろ。」



そう言って慎二はやけに良い笑顔を向ける。

確かにそれは魅力的な提案だ。

慎二も助ける事ができよう。

だが……



「悪いが断る。」



俺は慎二の提言を断った。その時慎二の顔が引きつった。



「な…なんでだよ?」

「…どこか信用が置けない。」



そう、それはかつてのアーチャーとしての勘だった。



「じゃあな。」

そう言って俺は慎二に背を向ける。



「く…そうか、遠坂と同盟を結んで僕とは結ばないのか!!」



その一言を聴いた瞬間俺は慎二の方を向いた。

すると慎二は本を取り出していた。



「ライダー!!」



呼び出しに応じてライダーが現れる。

ここで仕掛けてくるのか?

だが…



「アーチャー。」



同時に吹っ飛ぶ慎二の本。



「なっ!!」



驚く慎二。すると木陰からアーチャーが銃を構えたまま現れた。



「…何故?一対一といったはずだ…」

「俺は今戦争の中にいる。当然だろ?」

「ひ…卑怯だぞ!!」

「お前もライダーで襲おうとしたからこれであいこだろ。」



そう言って俺は再び慎二に背を向ける。

そう、ここで戦う訳にはいかない。だからここは引く事にした。

それにあの本があるという事は慎二はライダーの正式なマスターではない。

アーチャーを経て、守護者として様々な戦いを経験した俺だからこそわかる知識だ。

俺は慎二の前からとりあえず立ち去る事にした。






だが、その夜の思いがけない電話で事態は急変する事になる。


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