その少女はただ一人誰にも理解されず

相手を倒し、自分の心を殺して

そして自らも傷つき…

ただ一人彼女は屍の丘に立つ。

嗚呼、それは何て哀しき風景……



そしてそれはいつも見てきた風景。


忘れられない風景だった。





赤き弓の戦

第3話 剣





俺たちは門から歩いて出る。

そこに、立つのは赤い服の少女。

そして青き鎧を纏いし英霊。

すでに英霊…セイバーは臨戦態勢に入っていた。

それを見てこちらも態勢に入る。



「……まさか私以外にも冬木に魔術師が、しかも貴方がそうだったとはね、衛宮士郎くん。」



そう言いながら睨みつける遠坂凛。

懐かしい顔である。そして…



「否定しておこう。俺は魔術師じゃない。魔術使いだ。」



どうしても皮肉を言いたくなる相手。それはやはり英霊時代の名残なのかもしれない。



「くっ!!屁理屈を言うわね。まあ良いわ。それで、貴方がマスターであるという事はこの戦争に参加するという事ね?」



無論、参加するつもりである。だが……



「む、何の話だ?」

「惚けるつもり?聖杯戦争に参加するから召喚したんでしょう、英霊を?」

「訳が分からんが…?俺はよく分からん槍使いに襲われて必死で逃げたら、彼女が助けてくれた。そして続いて遠坂が来た。それだけだが?」



そう言って訳が分からないという顔を作る。

となりではアーチャーが笑いを堪えているのが分かるが、この際こうしなければならない。

実際、俺はこの戦いにおいて、セイバーも凛も相手にしたくはない。

かつて、英霊だった頃の俺ならば躊躇なく相手に出来たかもしれない。

だが…親父との生活が俺を変えてしまった。

いや、思い出してしまったのだろう。

そう、誰も死なせるわけにはいかない。



「……本当かどうか怪しいものだわ。でも貴方がマスターである以上貴方は私の敵ってことね。」

「まて、俺はお前と争う気はない。」

「同盟を組めとでも?笑わせないで。」



そういうと臨戦態勢に入る凛。



「セイバー。」

「解ってます、リン。」

そういうとセイバーは透明の剣…風王結界を握り締める。

「ふう〜。やはりこうなるか。じゃあアーチャー。」

「本当にやるのね…。まあ貴方が只者ではないようだから良いけど。」



そう言ってアーチャーはため息を一つ。

それはそうだろう。



「いざ、参ります!!」



そう言ってセイバーが飛び出した次の瞬間に



「なっ!!」

「馬鹿な!!」



俺が飛び出したんだから。





風王結界の一撃を俺は使い慣れた双剣、干将・莫耶で受け止める。

不可視の剣、風王結界。

だが、それは俺には無意味。

一瞬で基本骨子を解明し、構成材質を見切るこの俺の目ではもはや筒抜け。

単なる風を纏った剣に成り下がる。

そして俺にはたかが10年だが、極限に至った知識を元に作り上げた独自の剣技がある。

さらにセイバーの戦いは俺の目に焼きついている。

そう、かつての最愛の人であるセイバー。

今はすでに磨耗した記憶の中にも彼女の勇姿を消す事は出来ない。



「くっ!!」



セイバーは上から打ち下ろし、さらに左から横に薙ぐ。

しかしそれらの一撃を俺は見事にはじき返し、それどころか懐に入り反撃をする。

それらを防ぐセイバー。

一進一退の攻防である。



「そんな…。マスター自身が戦うなんて…。いや、それより、英霊と渡り合える人間がいるなんて…。」



信じられないものを見る目つきの凛。それはそうだろう。

アーチャーがキャスターの属性を持てるほどの魔術使い。そこにヒントを得て彼女に俺を強化してもらい、戦う。

ただそれだけの話だ。それはかつてどこかの誰かも行った事。



「くうぅ!!」



セイバーも自然に剣を振るう速度を上げようとする。

だが、俺は余裕を持って対応する。

それは俺の読みどおりに戦いが進んでいるから。

さらにセイバーは上から切り下げる。

それを受け止める俺。

そこで互いの刃が交わり火花を散らす。

お互いの力が拮抗し、バランスを取っている状態。

本当なら俺とセイバーの技量は紙一重でセイバーが上。

だから俺は……



「セイバー…いい事を教えてやる。」

「くっ、何ですか?」

「俺の親父の名前は衛宮切嗣だ。」

「!!」

「君の前回のマスターだったよな?」




その瞬間セイバーは無理やり切り下げようと力を込める。

俺はそれを自分の身を交わしつつ交差した干将・莫耶を解く。

そして後ろに飛び去った。

それを好機と見たのかセイバーは突進してくる。

そう無防備に。

それを見て俺はセイバーの一撃を回避して、肉薄。そして首筋に干将・莫耶を当てた。

いかなる優れた剣士でも冷静さを欠けば隙が生まれる。

それが狙いであり、それが型にはまった瞬間だった。



「セイバー!!」



凛はそれを見て自らの宝石を媒体に強力な魔術を撃とうとする。

そう、セイバーには対魔力がある。

それが彼女の狙いだったんだろう。

だが…彼女も先の挑発で頭に血が上っていたのだろう。

一人の存在を失念していた。



「あら、これでチェックメイトかしら。」



アーチャーが凛に例の大口径銃を向けていた。



「さて、俺たちとの話し合いに応じるか、ここで聖杯戦争をリタイアするのとどちらが良い?」



一瞬、ワナワナと震える凛。

しかし……



「セイバー…剣を収めて。」



そう命令を下す。

セイバーも自分が敵のマスターに敗れた事にショックを受けていたのか



「解りました。マスター。」



力なく答え、風王結界を収めた。

そして凛の横に立つ。

俺も干将・莫耶を消す。同時にアーチャーが横に立つ。



「さて、立ち話も何だからな。家にでも入るか。」

「ちょっ!!」

「ん?ああ。魔術師が自分の根城に他の魔術師を入れても良いのかと言いたいのか?」



ジト目でこちらで見ることで同意をしてるのであろう。



「構わない。俺は遠坂の事を信頼するからな。」

「つっ!!」



すると凛は顔を赤くしてそっぽを向いた。

そして俺は遠坂を迎え入れた。




居間に凛とセイバーを通し、さらにアーチャーも座らせる。

それを見て俺は茶と茶菓子を取りに行き出す。

二人は警戒しているようで手を付けようとしないが…



「毒殺なんてうちのマスターはしないわよ。それにそれなら家に入れないでしょうね。」



とアーチャー茶をすすりながらが一言。しかし、茶を啜る英霊ですか…。

それを聞いて凛はナルホドと頷き少し茶を飲む。セイバーもそれに習う。



「なっ!!」

「これは!!」



驚く二人。そして凛は唇を噛み、セイバーは完全に意識がそちらに向いた。



「これはこれは。どうやら気に入ってもらえたようで。」



凛は少し不機嫌になったようではあった。そして…



「で、単刀直入に聞くわ。さっきの聖杯戦争について知らないっていうの嘘ね。」



といきなり聞いてきた。だから、俺は



「ああ。知ってる。まああれは君を挑発するためのブラフだと思ってもらったらいい。」



と答えてやった。



「!!」



一瞬、表情が厳しくなる凛。しかし、彼女も魔術師。即座に冷静になった。



「で、その聖杯戦争を理解している貴方が私と何故同盟を?」

「そうだな。まあ、君が信頼に値する人物だからだ。」



それを聞いて何故か少し顔を赤らめる凛。しかしすぐに気を取り戻したようだ。



「……衛宮くん。聖杯戦争のルールを把握しているの?」



それはマスターが一人になるまで殺しあうという部分に対する事だろう。

だが、そのルールは俺にとって必要はなくなった。そして彼女にとってもおそらくないだろう。



「ああ。知っている。そしておそらく遠坂よりこの聖杯戦争に通じてるはずだ。」



その一言でさらに険しくなる凛。



「と、その辺は置いといて、とりあえずこの戦争に登録というものが必要なんだろ?」

「まあ、確かに礼儀上はね。」

「じゃあ、先にそれを済ませたいな。」

「まあ、かまわないけど。」

「じゃあ、遠坂、案内を頼む。」

「リン。……そこまでする義理は…。」



それをセイバーが異議を申し立てる。



「あら、さっきの戦いで敗れたのはどっちだったかしら?」



そこにアーチャーが絶妙のタイミングで嫌味を一言。

それを聞いてセイバーは黙り込んでしまった。



「は〜、全く。解ったわ。ついて来て。」



そう言って凛は立った。

それに続いて俺も立ち上がった。





目の前には忌まわしき教会。

そしてあの男の住処。

そこの前に俺たちは立っている。

新都の郊外にある冬木教会だ。

ここに来るまでセイバーや凛との会話も少なかった。

自然、アーチャーや俺も無口になる。

4人の男女、アーチャーは霊体化しているので3人である。その中で少年と少女、そして鎧をまとった少女の3人が無言で教会を目指す。

随分とシュールな風景であっただろう。

中に入ろうとする時…



「私はここに残ります。」



やはりセイバーはここが苦手なのかもしれない。



「じゃ、私も残るわ。」



アーチャーも残る。



「じゃあ、行ってくるよ。アーチャー。」

「わかったわ。まあ貴方の事だから大丈夫だと思うけど、気をつけてね。」



見送られて俺は中に入った。





広い礼拝堂。

その中を俺たちは進む。



「で、ここの神父が管理人なのか?」

「ええ。言峰綺礼。私の父の教え子で私の兄弟子。ま、できれば知り合いたくなかったけど。」

「――同感だ。私も師を敬わぬ弟子を持ちたくはなかった。」



祭壇の裏から現れた男。

そう、悪党ではないが悪人。非道ではないが外道。

そう形容するのがピッタリな男が現れた。



「再三の呼び出しにも応じぬと思えば、変わった客を連れてきたな。……ふむ。彼が7人目か。」

「そう。ちょっとした事情で私が連れて来ることになった訳。律儀に届出を出しに来るってね。」

「それは結構。なるほど。その少年に感謝しなくてはな。」



そう言ってゆっくりとこちらに視線を向ける。

やはりこの男とは相容れない。そう自分の全身が訴える。



「私はこの教会を任されている神父、言峰綺礼という者だ。君の名は何と言うのかな、七人目のマスター。」

「衛宮士郎だ。まああんたにはよくなじみのある姓だろう、代行者。」



それを聞いて彼は嬉しそうな顔をする。



「ほう、そうか。どうやら聞いているようだな。」

「ああ。」

「まあ良い。それでははじめようか。君はアーチャーのマスターで間違いないな。」



過去、セイバーのマスターだった時はここで頑迷に抵抗したものだ。だが…



「ああ、間違いない。」

「そうか。なら貴様も魔術師同士の殺し合いに参加するということだな。」

「ふ。それはどうか知らんな。だが、この聖杯戦争で起こった10年前の災悪を繰り返させる気はサラサラない。」

「そうか。それでは君をアーチャーのマスターとして認めよう。この瞬間に聖杯戦争は受理された。」



重々しく語る言峰。この宣言に意味はない。

だが、俺にとってこれが始まりの鐘だろう。

その後、遠坂と言峰が言い合う。

そして俺たちが外に出るときだった。

言峰が俺の背後に立ち言う。



「――喜べ、少年。君の願いはようやくかなう。」

「……」



黙って俺は言峰を睨む。



「解っていた筈だ。明確な悪がいなければ君の望みは叶わない。たとえそれが君にとって容認しえぬモノであろうと、正義の味方には倒すべきあくが必要だ。」





正義の味方か…。

そうそんな都合のいい物は結局世の中に存在できない。

それはかつての自分が計らずしも証明してしまった。

一人で全てを救おうと努力し、一人で傷つき、そして磨耗しながらも戦い、そして倒れた。

その後、歪んでしまい、自分を倒そうとした。

だが、俺は…かつてのアーチャーはそれが本心だったのか。

それは否だろう。

それなら未熟な衛宮士郎を一撃で殺せばよかった。

なのに何故、彼とライバルのように戦い、成長させるような事をしたのか。

その答えは単純。

結局、磨耗したエミヤも正義の味方を目指す自分を否定できなかった。

それどころかそれを眩しく思い、それを目指す自分を誇りに思っていたのだろう。

それに気づいたのはこちらの世界で親父と再度あってから。

あまりに単純な事に笑ってしまったものだ。

だから、俺は今度も正義の味方を目指すだろう。

だが、俺は正義の味方を目指すに当たって全てを捨てていった。

桜、藤ねえ、イリヤ、そして凛。

その全てを捨てた。

だが、身近なものを守れる正義の味方がどこにいるのか?

また、この戦争、ほっておけば無関係の人に被害が加わる。

俺は無力な人の剣になる事を決めている。

だからこの戦争、見過ごせないのだ。





そして俺は答えた。



「そうだな。だから、俺はまたお前とは出会うだろうな。敵として――。」



そう言って俺は教会を出て行った。


次へ

戻る

inserted by FC2 system