「という訳でして、仕事に関しては秋葉様のご送迎、遠野家秘書役の姉さんの仕事の手伝い、料理と夜の警備が主になります。」
「……ちなみに琥珀さんの仕事とはどういう事なんですか?」
「あ〜、別に決済とかは私がやりますから、書類の振り分けとか、重要案件の確認とかですよ〜。」
そうにぱ〜と答える割烹着のお方。
というか決済は当主たる秋葉がするはずなのだろうと突っ込もうとしてやめた。
まあ、あの秋葉が任せるのだから、この少女へそれだけの信頼が置かれているのであろう。
「私は何をすればいいのですか、コハク。」
「あ〜、セイバーさんか…、どうする翡翠ちゃん。」
「……そうですね。秋葉様にあとで尋ねるのがいいじゃないですか?」
「それで……」
ふと士郎は視線を横に向けた。
「それであちらはとめなくて良いのかな?」
士郎の視線の先には
「ふふふふふふふ兄さん、反省しましたか?」
「ギ…ギブ。あ、秋葉。お、お兄ちゃん、しんじゃう……」
真っ赤な髪にがんじがらめな遠野家長男がいました。
衛宮士郎の遠野家初日の朝は、いきなり兄妹の喧嘩、いや妹による一方的な虐待がありました。
遠野家物語 〜殺人貴と正義の味方〜
第4話 遠野家の日常〜初日編〜
「行ってきま……す。」
フラフラと出て行く遠野志貴。
すでに風前の灯である。
それでも学校に行こうとする意志は褒めたものである。
「それでも遅刻なんですけどね〜。」
さらりと毒を吐いているのは割烹着のお手伝いさんである。
ここで普段なら秋葉が怒り狂うわけではあるが……
「さて、私も行こうかしらー。」
言葉は棒読み。そこには罪悪感。
セイバーの件が誤解であるとわかると途端に沸いてくるというにくい奴。
「では、秋葉さま。お送りしますので少々お待ちください。」
「ええ、お願いね衛宮。」
そこで、車に向かうべく歩き出そうとした時だった。
「シロウ…車の免許を持っていたのですか?」
「ああ、それくらいは持たずに執事は務まるまい。ふふふ……ライダー仕込の公道最速理論が再び実践される日が来たわけだ。」
その瞬間瞳がピカーンと光ったようにセイバーには見えた。
よく見ると士郎は笑みを浮かべているのだが…
自分の直感が告げている、この笑顔は危ない。
「そそ、そうですか。では、私は屋敷で待たせていただきます。」
そういってすすーっと士郎から離れていくセイバー。
The wise man never courts danger、静かに彼女はそう告げたのであった。
そうこれは逃げたのではないのだ、決して。
ひとしきりにやけた後、秋葉の方を向く士郎。
そして、やけに爽やかな顔に変わった。
「では逝きましょうか、お嬢様。」
「え……。あー、その…。」
今しがたのやり取りは当然秋葉たちも見ていた訳であるので、秋葉としては戸惑うしかない。
「さあ、お時間がもうないのでしょう。遠野家の令嬢たるもの遅刻するわけには参りますまい。」
そう言いながら士郎はどこか嬉しそうだ。
「そうですよ、秋葉様。さっさと送ってもらってくださいね〜。」
「秋葉様。お時間が差し迫っておりますので…。」
「ちょおとっ!!」
見ると琥珀・翡翠もセイバーのそばへと移動していた。
そして、翡翠は丁寧に見送りにお辞儀を、セイバーは強く生きてくださいという目線を、琥珀はどこからかお見送りの旗を出して振っている。
「さあ、早く!早く早く!!早く早く早く!!!」」
「え、待ちなさい、ちょっと!こら!!」
いつの間にかは秋葉はがっしりと肩をつかまれて士郎に引っ張られていた。
「貴方たち、覚えてなさいよー!!」
その台詞だけはむなしく響いたまま、秋葉は音速のドライブへと旅立っていたのであった。
その様子に流れ出すBGMはもちろん……。
「あ〜る晴れた、ひ〜るさがり〜♪」
丁寧にも歌いだす琥珀であった。
その日、遠野の屋敷から飛び出したリムジンと言われる乗り物は大学に30分も経たずに到着していた。
ちなみに大学までは電車を使用して1時間(主に志貴はこのルート)で、車を使用しても同じくらいという距離だったはずであった。
以後ニューナンブの公僕さんに遠野カーはマークされることになるということだけは追記しておこう。
さて、士郎が帰還後、屋敷にての本格的な仕事が始まる。
まずは、清掃。
とはいえ、ただでえさえ広いお屋敷。
毎日、家の全部をするとか言う事はなく、日々翡翠が決めた区画をするそうだ。
「ちなみに、琥珀さんは……」
「では、始めましょう。」
「あの…」
「始めましょう。」
有無を言わせぬその姿勢から、こいつは触れてはダメだということを何となく悟る。
流石の朴念仁、衛宮士郎もその辺は学んだらしい。
いや、学ばざるを得ない環境であったというべきかも知れないが。
「シロウ、私も手伝います。」
そういって雑巾を持つ我らがセイバーさん。
その姿はメイド服。
騎士王がメイドとはと思うかもしれないが、それはそれ。
郷に入らば郷に従え、それを知る程度には人間として出来ているという事にしておこう。
ともかく衛宮士郎は窓拭きを始めるのであった。
さて、昼食が終わり午後へと突入する。
ちなみに、昼食時に双子の姉妹はセイバーさんの食べっぷりに感心していたとか。
やはり、彼女ほど食べる少女は珍しい。
いや、そもそもサーヴァントであり人間ではないのだが。
昼からは琥珀と執務室において書類整理だそうだ。
「え〜と、これは重要度A。これは……Cですね〜。」
琥珀の左手で渡される書類を次々に選別する士郎。
どうやらよっぽどの重要書類しか秋葉の手元に行かないらしい。
それ以外は……
「あは〜。どうしましたか、衛宮さん?」
「……いえ。」
おそらくそういうことだろう。
かの執事がフランクフルトを裏で牛耳る男なら、目の前の割烹着は遠野家を支配する女というべきか。
使用人たるもの主人を裏で操れて一人前なのだろうか。
衛宮士郎はまた1つ執事の何たるかを学んだ気がした。
そんなこんなで一日は終わりへと近づく。
午後からの特記事項としては、夕方に兄妹の微笑ましい追いかけっこがあったくらいである。
まあ、愛情たっぷりの妹の一撃に流石の兄も意識をふっ飛ばしたようだ。
その時のセイバーの一言。
「普段の貴方と同じですよ、シロウ。」
という一言には全力で否定しておいた。
まあ、秋葉さまの赤い髪からある悪魔を想像したのはここだけの秘密である。
あれ、そうするとその悪魔に折檻されるのは誰だろう。
んー、そうあのいけ好かない弓男だ。
そうだ、そうに違いない。
「何をぶつぶつ言ってるんですか、シロウ?」
「いや、何でもない。」
そんなことをのたまいながらも俺たちは見回りを続ける。
時は夜の11時過ぎ。
そろそろ深夜に入ろうかという時間帯に俺とセイバーは庭を歩いていた。
一応、防犯カメラなるものがあるこの屋敷であるが、全てをカバーしているとは言いがたい。
そこで見回るという我々。普通の泥棒や強盗くらいの侵入者なら問題なく対処できるはずだ。
その瞬間、アラームが鳴り響いた。
いや、正確にはオレが持っている携帯に異常を知らせるアラームが鳴り響いたわけだ。
「どうやら、侵入者のようだな。行くぞ、セイバー。」
「わかりました。」
俺とセイバーはそうして飛び出していった。その時は、たいして危機感を抱いていなかった。
それが拙かったのだが。
そして、二分後の遠野家の庭にて、二人は侵入者と対峙していた。
とてつもない悲壮感を抱えて。
「……セイバー。勝ち目は?」
「失礼な。騎士王に敗北はない…といいたいところですが。正直絶望的です。」
おお、セイバーも現世にまみれて少しは妥協という言葉を知ったらしい。
それはそれで俺としては悩みの種が減って嬉しい。
「それで、どうするの?二人でかかって来る?」
そう言ってニヤニヤと笑う女性、否人外。
目の前にいるのはとても綺麗な女性。
その笑顔だけで皆が振り向くとてつもない美人。
何も知らない人間ならという注釈がつくが。
「……何者ですか、彼女は?」
流石のセイバーは対峙しただけで力量が測れたらしい。
武人たるもの“彼を知り己を知らば百戦殆うからず”というやつか。
ともかくあの女はヤバイ。
何故、日本にいるか世界の守護者に小一時間といたい。
て、世界の守護者ってあの弓野郎か。
「だめじゃん……。」
思わず絶望する。う〜ん、世界は意地悪だ。
「それで、どっちから来る?どっちでも良いわよ?その代わり楽しませてくれないとダメだからね。何ていっても私と志貴の間を邪魔するんだから。」
そう言って不敵な笑み。
というか、この女に勝てるやつなんているんだろうか。
ユーゼフ&セバスチャンさんのコンビなら分からないが。
「まったく光栄な話だな。真祖の姫君、アルクェイド=ブリュンスタッドのお相手が出来るとは。」
「!!」
「あ、覚えてたんだ。やっほー。シロウ久しぶり〜。」
フレンドリーな言葉の癖に目は笑ってない。
一方でセイバーが驚く。そら倫敦であの爺さんから聞かされていた真祖の姫君とブッキングするわけだから。
そういば一度だけ会った時はセイバーはいなかったから知らないのも無理もない。
そして、あの頃お手合わせ願いたいといっていた自分の愚かさを呪っているだろう。
しかし、執事には戦わねばならぬ時がある。
「では、遠野家執事……衛宮士郎、参る!!」
言葉と同時に魔力回路の撃鉄を起こす。
「――――
詠唱、魔力を注入。
そしてイメージする。彼女に対して使える剣。
……検索結果0件。
「なんでさ!?」
「シロウ!?」
思わず素に戻ってしまった。
いや、見事にありません。この人無敵すぎます。
こんなキレーな顔をしているのに反則過ぎますよ世界の創造主。
ともかく検索しなおす。
「執事にはやらねばならぬ時がある!!君に決めた!!」
同時に剣の構造を設計、構築、そして生み出す。
「
そして放たれる赤き槍。
ランサー兄貴の必殺の一撃。
流石に何もないところから生み出したこの一撃に真祖の姫も驚く顔を見せる。
だが――
「因果を結んで心臓にね。これに当たるとヤバイかしら?」
とか何とかいいながらあっさりと柄を掴んで受け止める姫。
流石、ランサー兄貴の必殺技。噛ませ犬にもなりゃしねえ。
今、犬っていうなって言う声が響いた気がした。
だが、こうなることは想定済み。
「そうなる事も知ってたさ!!壊れた幻想!!(」
そうやって兄貴必殺の槍を爆発させる。
爆風に巻き込まれる真祖の姫。
「今だ、セイバー。発動承認!!」
「了解、セイフティディバイス・リリーヴ!!」
同時にセイバーの両の手に光が溢れる。
風王結界が解除されて現れたのは黄金の剣。
その絶対的な刃を持って敵を討つ。
「約束された勝利の剣(」
一閃と共に放たれた一撃は確実に姫を捉える。
まさに正確無比。
轟音とすさまじい煙。現状では彼女の生死は分からない。
「やったか?」
「手ごたえは十分でしたが……。」
ボソッと呟いた言葉とそれに対する反応。
だが、俺の台詞は呟いて倒せたためしはないという伝説の台詞である。
案の定――
「へー、本当だったんだ。空想具現化――いえ、投影の使い手って話。でもアーサー王のサーヴァントのおまけ付きなんて聞いてなかったわよ。」
はい、無傷で立つ彼女。
ちっとは傷くらいついて欲しいものである。
まさに絶対無敵アルクェイドー。
勝ち目なんてちっともございません。
「まあ、事情があったからな。」
「ま、予想以上の実力は見せてもらったし、良いかな。じゃ、通してもらうわよ。」
全く気まぐれなお姫様である。
まるでネコみたいである。
だが通すわけにはいかない。俺とセイバーは構えを取り直した。
一瞬の静寂。そしてセイバーと俺は飛び掛った。
そして10分後。
俺はところどころが焦げた状態で大の字に寝転んでいた。
「あはは〜。衛宮さんたちでもダメでしたか〜。」
目の前で割烹着の悪魔が笑っていた。
そらあれは無理です。
「流石に真祖の姫。世界は広い。」
そしてその横にいるのは我らのムテキングセイバー。
戦いの途中でアルクにすっ飛ばされたのだが、そのために空想具現化の爆発に巻き込まれずにすんだらしい。
さすが超幸運の持ち主。
というかお姫様、下々のものを相手にラストアークとか大人気なさ過ぎます。
白い姫を見れたのは眼福ですが、アヴァロンなしの私ではしんじゃいますから。
「たたた……。それで…あの姫様は?」
「あ〜、志貴様の部屋に突撃されたようですねえ〜。秋葉様も敗北なされた模様です。」
「……。」
「10分も足止めできた方は初めてです……。ご健闘なされた方かと。」
どことなく不機嫌な顔の翡翠さんが褒めてくれた。
珍しい事もあるものだ。
「とりあえず、衛宮さんは今日は休んじゃってください。」
「離れの準備は完了しております。」
少し考え、蝶ネクタイをはずした。
「今日は、そうさせて貰います。」
疲れたというか、夜に一気に疲れがきたというか。
とそのとき、セイバーの目が激しく光った。
「では、私が夜のお供をさせていただきましょう。」
「……え?」
「他意はありません。先ほど宝具を使った所為で魔力が不足しておりますので。」
そういえば使っていたなー。とかボーっとしていると。セイバーがむんずと俺の脚を掴んだ。
そして反論も許さないようにズリズリと引きずっていく。
「ちょwセイバー。痛い痛い。あ、頭が焼ける。」
「聞こえません。ふふふ…今日は久しぶりにフィーバーです。」
それを見送るメイドシスターズ。
某子牛ソングを歌う姉とお見送りの旗を振る妹。
激しく見覚えのある光景であったことを特筆しておく。
そんな遠野家一日目の衛宮士郎でした。
あとがき
士郎、遠野家の初日。
というかちょうど一年ぶりの更新です。
久しぶりすぎて切れがなくなっております。
なんか文章力が衰えすぎて痛いですねえ、はい。
でも後悔はしていません(マテ
補足
※ 公道最速理論…某漫画に影響されてライダーが編み出した理論。それをライダーから強制的に教授されたそうだ。だが、今ではシロウ自身がノリノリである。要するにこの世界の衛宮くんにハンドルを握らせてはいけない。
※ The wise man never courts danger (君子危うきに近寄らず)…この世界のセイバーさんはイノシシではないようです。
※ ユーゼフ…セバスチャンのお隣さん。セバスチャンをフラン○フルト最強とするならユーゼフさんはフラン○フルト最凶。ろんはこの二人なら真祖の姫君に勝てると思っている(マテ
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